三回

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 一回表、大日本製鉄の攻撃。危なげなく三者凡退。  一回裏、春日園の攻撃。ブンブンとバットを振りながら、佐土原さんがバッターボックスに入った。表情までは見えないけれど、やる気がうかがえる。 「佐土原くんは、高校生の頃から野球センスがあって。まだ荒削りながらも、将来はいい選手になると思って、オレが自ら声をかけたんや」  日向社長が得意気に言った。初球から積極的に振っていき、ボール球は冷静に見極めた。ツーストライク、ツーボールからバットがうなる。センター前ヒット。……と、日向社長がテレビ中継さながらに実況と解説を同時にしてくれている。私には、よくわからない。ストライクとボールの違いが。例えば、空振りをしてアウトなのはわかるけれど、バットを振ってもいないのに、ストライクだとか、ボールだとか。  二番、三番は、ライトフライとサードゴロ。そして、四番、田野さん。あわやホームランかという大きなヒットで、足の速い佐土原さんがホームに還ってきた。春日園、一点を先制、田野さんは三塁に。続く五番は、ショートゴロに打ち取られ、一回裏を終了。春日園、一点のリード。 「チャンスはあったのに。もう一点、追加点が欲しかったなぁ」  得点圏にランナーがいながら、残塁。日向社長が悔しさをにじませながらつぶやいた。  二回表、裏と三回表は無得点に終わり、迎えた三回裏。春日園が打線をつないで一点を追加。その後、六回裏には一挙六点を追加し、八対0で勝利した。 「終わってみればヒット十八本! いやぁ! 快勝やったな!」  そのうち三本は、佐土原さんのヒット。守備もファインプレーが飛び出し、今日のMVPは佐土原さんではないかと、勝手に思っていた。 「野球って、おもしろいですね」  自分でも驚くような言葉が、自然と口をついて出た。 「そうやろ。国富さんにも野球の魅力が伝わったか」  日向社長が心底うれしそうな表情を見せた。なにも、日向社長をよろこばせようと思って言ったのではない。春日園野球部のプレーが、私の心を熱くした。 「はい。私、春日園野球部を応援したいです」  今までは、心の奥底にそっと隠していたこと。これからは堂々と、春日園野球部のファンであることを宣言します。 「そうか。ほな、また一緒に観に来ようか?」 「はい。野球初心者なので、ご指導よろしくお願いします」  ぺこりと頭を下げると、日向社長はご機嫌を良くしたまま、席を立った。見たくなかった光景も、今は、バットの快音とともに、遥か彼方に消え去っていた。
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