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金曜日の夜。行きつけの焼き鳥屋で、たっちゃんとジョッキを合わせると、勢いよくグビグビとビールを流し込むようにして飲んだ。受付嬢とのことを問い質してやる。まずは飲まないと、やっていられない。
「ルイ、相変わらず男前な飲み方をするなぁ」
たっちゃんが、呆れを越して感心している様子だ。
「うん。今日は、話したいことがあるし」
勢いに任せて口にした。
「秘書の仕事は、慣れた?」
たっちゃんは、私が日向社長とトラブっている、もしくは、仕事で悩みがあると思っているようだ。その優しい気遣いに、今日は騙されない。
「仕事は忙しいけれど、やり甲斐があって楽しいよ」
「そっか。ほな、仕事の悩みやないんやな。日向社長は、あんな感じの人やし、付き合いやすいやろ?」
「まぁね」
たっちゃんは、私が何を話したいのか、模索しているようだ。目は合わさずに、枝豆に手を伸ばした。
「日曜日、都市対抗野球大会の予選を観に行ったんやってね?」
「えっ」
「日向社長から聞いたよ。それならそうと言ってくれたらいいのに。あの日、オレも観に行ってたんやで」
「学生時代の友だちと、会うって……」
堂々と浮気を告白するつもりか。まさか、受付嬢が学生時代の友だちとか、言い出すのではないだろうか。疑いの目を、たっちゃんに向けた。
「実は、相手チームの大日本製鉄に、オレの友だちがいてるねん。浮気していると思っていたん?」
学生時代の友だちが、相手チームの選手だなんて、信じられなかった。口をパクパクさせる私に、たっちゃんが余裕の表情を見せた。
「だって、受付嬢……」
そこまで言って、咄嗟に口を押さえてしまった。
「え? 受付嬢って?」
たっちゃんが聞き逃すはずもなく、逆に質問された。
「春日園の受付の、女性。たっちゃんの隣に座ってた」
頭に『別れ』の文字がちらつきながらも、思い切って言った。もう、なるようにしかならない。
「オレの隣? ああ、たしかに座っていたな。でも、オレの席のまわり、みんな春日園の社員やったからな」
「へ?」
間の抜けた声をあげた。たっちゃんと受付嬢。ふたりっきりの野球観戦デートだと思い込んでいた。
「その人とオレが、こっそりデートしていると思ったんやろ?」
「思った」
「ごめん、ごめん。ルイが野球に興味を持ち始めたのを知らんかったから。試合が終わったら大日本製鉄の友だちと会うし、ひとりで観に行ったんや。そしたら、春日園の社員がいっぱいいてたから、混ぜてもらってん」
たっちゃんの口数がやたらと増えた。やましいことがある時、人はやたらと口数が増える。
「これからは、ルイを誘うわ。誤解されるような行動をして、ごめん」
このままでは、ごまかされそうだ。そう思ってはいるのに、テーブルの上、握られた手がどんどんと熱くなる。
「今夜は、帰らんでもいいやろ?」
優しい微笑みで、強引に誘ってきた。金縛りにあったかのように、動けなくなる。そのセリフはきっと、受付嬢にも言っているはずだ。甘い微笑みと声で。今夜は、絶対に許さない。許してはいけない。
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