四回

5/7
前へ
/76ページ
次へ
「お疲れ様でした」  バッターボックスから出ると、佐土原さんが手を叩きながら笑顔を見せた。 「国富さん、目がいいんですね。ボールをしっかり追えていましたよ。あとは、振るタイミングかな?」 「はぁ、そうですか」  とたんに恥ずかしくなって、視線を足元に向けると、小さく返事をした。 「タイミングさえ掴めば、もっと打てるようになりますよ」  もっと打てるようになる。たくさん打てるようになったら、私の心は晴れやかになるのだろうか。顔をあげた私の肩を軽くポンと叩いた、佐土原さん。たったそれだけのことで、胸の鼓動が速度を上げる。 「あっちのバッターボックスに入りますね」  佐土原さんが指をさすのは、このバッティングセンターではいちばん早い、百四十キロの球がくる、バッターボックスだ。軽く身体をほぐすと、佐土原さんにスイッチが入った。表情が、ガラリと変わった。いつもの明るい笑顔は、どこにもない。鋭い眼差しで、ボールを追いかける。熾烈なレギュラー争いから一歩、抜け出したとしても、気は抜けない。まわりからの期待、レギュラーとして結果を出さなければいけないプレッシャー、自分との戦い。そんなさまざまな思いを、バットに込めると、ボールは高く舞い上がった。その力強いひと振りは、明日へと繋がっている気がした。たっちゃんよりも小柄なその背中が、大きく見えた瞬間だった。 「お疲れ様でした」  バッターボックスから出てきた佐土原さんに、笑顔で声をかけると、ふたり並んでベンチに座った。 「あー。慣れないことをすると、もう身体が痛いです」  黙っていると恥ずかしくなって、腰をトントンと叩きながら、ひとり言のようにつぶやいた。 「佐土原さん、練習続けてくださいね」 「いいえ。今日はもう、これで充分です」  満足そうな笑みを浮かべた佐土原さんと、目が合った。嘘のない笑みと、真っ直ぐな瞳。野球少年のような、あどけなさが残る表情。たっちゃんしか知らない、男性に慣れていない私の心をときめかせるには充分の要素だ。  
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加