四回

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「国富さん、この後、お時間ありますか?」 「え? あ、はい」 「よければ、お茶でもしませんか? このまま寮に帰っても退屈なんで」  誘われた。佐土原さんから、お茶に誘われた。私を誘ってくれるのは、たっちゃんか、高城さんくらいしかいないのに。 「はい! よろこんで!」  うれしさのあまり立ち上がり、居酒屋の店員さんみたいに威勢のいい返事をしてしまった。 「国富さん、おもしろい人ですね。駅前のカフェでいいですか?」  そう言った佐土原さんは、笑いを堪えるのに必死だ。佐土原さんは、野球の練習があるから飲まないようだ。よろこびが半減しつつ、うなずいた。  雨はすっかりあがり、外はジメジメとして蒸し暑い、湿った風が吹いていた。 「明日も練習、ですか?」 「いや。日曜日は基本、休みです。たまに練習試合があったりしますが」  それでも飲まないのか。もともと飲めない人なのか。野球で優勝したらするビールかけは、どうするのか。アルコールは飲まなくても、身体に浴びたら体内に入るとか聞いたことがあるけれど。 「大変ですね」  いろいろな思いを、ひと言でつぶやいた。 「まぁ、好きでやっていますから。社会人になっても野球ができる環境にいることは、幸せなことですよ」    店内は、ほぼ満席。かろうじてカウンター席が空いていたから、そこを確保した。なんとなく落ち着かなくて、アイスカフェラテを訳もなくストローでクルクルとかき混ぜた。 「社長秘書って、大変やないですか?」  佐土原さんは落ち着き払って、新しい話題を提供してくれた。女性には慣れているのか、はなから私を女性としてみていないのか。 「大変ですが、やり甲斐があって楽しいですよ」 「そうですか。ルーキーやのに、落ち着いていますよね?」  ルーキー。佐土原さんの言葉の意味がわからず、ポカンと口を開けた。 「ルーキーって、新人って言う意味です」  私の表情で察したのか、佐土原さんが補足した。ルーキーの意味を知りたいのではなく、どうして私をルーキーと呼んだのか。 「たしかに。社長秘書としては新人ですけれど」  佐土原さんの真っ直ぐな目が、私を捉えた。 「もしかして、年上?」  どうやら年下と思われていたようだ。若くみられてうれしいような、哀しいような。
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