五回

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 佐土原くんとは、週に一、二度くらい、バッティングセンターで会った。野球部の話を聞いたり、日向社長の話で盛り上がったり。お互い、連絡先を交換したものの、バッティングセンターに集合する以外のお誘いはなかった。もちろん、私から誘うこともなかった。  誘ったのは、一度だけ。出産予定日から一週間が過ぎた六月二十日に、七緒さんが元気な男の子を出産した。七緒さんと赤ちゃんに会いたくて、佐土原くんを誘って一緒に見舞いに行った。ただ、それだけ。惚れたはれたはない。ふたりの間には常に『野球』があった。  それに、佐土原くんは知らない。私がこっそりと野球部の練習を見に行っていることを。練習が終わっても、自主練習をする佐土原くんをみつめていることを。がんばる佐土原くんを見ていると、元気や勇気が湧いてくる。だから、みつめている。恋愛感情ナシに、ただ、心の底から応援したいと思うから。佐土原くんは、私のことをどう思っているのか。ほんの少し、気にはなるけれど、聞けないし、聞きたいとも思わない。たっちゃんと付き合いながらも(相変わらず、私は彼女なのか、という疑念はあるけれど)、佐土原くんとの絶妙な距離を楽しんでいる。その生ぬるい感じが、居心地がいいから。  佐土原くんと絶妙な距離を保ったまま、蒸し暑い六月は過ぎていった。梅雨が明けるより少し早くに、都市対抗野球大会の本大会が始まる。一回戦の相手は、強豪、横綱食品だ。    一回戦を二日後に控えた、日曜日の夜。私は、佐土原くんといつものバッティングセンターで会っていた。いつものように、私が先にスカッとしてから、佐土原くんがスカッとする。そして、ベンチに並んで座った。 「いよいよ、始まるわ」  都市対抗野球大会の本大会のことだとわかってはいるものの、なんと言ってあげたらいいのか、思いつかない。『がんばれ』と言うのは、なんだか安っぽく聞こえるから、言いたくはなかった。 「go for it!」  魔法の言葉を、佐土原くんにもかけてあげた。日本語に訳せば『がんばれ』だけれど、英語で言うと、また違った印象を受ける。だから私の、魔法の言葉。『がんばれ』よりも、がんばれるような気がする言葉。 「なんか、いい響きのする言葉やな。元気が出る!」  そう言って佐土原くんが笑うから、私も自然と笑顔になった。 「日向社長と一緒に観に行くから! 佐土原くんの活躍、期待してる」 「ベストを尽くすよ」  佐土原くんが拳を作った。私も同じように拳を作ると、拳と拳をぶつけ合って、健闘を祈った。私たちの間には『野球』がある。わかってはいるのに、胸の鼓動がうるさい。
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