五回

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 九回表、横綱食品の攻撃。ライトフライ、ファウルフライでツーアウト。春日園は、もうこれ以上、点は取られたくないところでピッチャー強襲のシングルヒットを打たれる。ツーアウト一塁。続くバッターをファーストライナーに抑え、スリーアウト。ホッと胸を撫で下ろした。 「まだ九回裏。ラストチャンスがある」  『もう九回裏』ではなくて、『まだ九回裏』。日向社長は、諦めてはいなかった。私も、諦めない。睨みつけるようにしてダイヤモンドをみつめた。  九回裏、春日園の攻撃。先頭バッターは、ショートゴロでワンアウト。次のバッターは、ライト前ヒットで出塁した。ワンアウト一塁で、佐土原くんがバッターボックスに入った。今日も、ブンブンとバットを振りながら、気合い充分だ。 「かっ飛ばせー! 佐土原!」  日向社長の声援に合わせて、私も応援した。練習が終わってから、ひとり、バットを振る佐土原くんの姿と、バッターボックスに入る佐土原くんの姿が、頭の中で重なった瞬間、バットがボールを捉えた。大きな当たりは、レフトオーバーのツーベースヒットとなり、チャンスを広げた。日向社長とハイタッチしながら、よろこび合った。ワンアウト二塁、三塁。次のバッターがセンター前ヒットを放ち、春日園は一点を返すことができた。 「佐土原くんのヒットで、良い流れを呼び込んだな!」  日向社長はご満悦だった。一点を返されたところで、横綱食品はピッチャーを交代するようだ。マウンドに上がり投球練習をする、二番手のピッチャー、高城。もしかして、あの高城さんかもしれない。言葉より先に身体が反応して、勢いよく立ち上がった。 「ど、どないしたん?」 「ピッチャーの高城さん、私の元同期なんです!」  スタンドからは遠くて、顔ははっきりと見えないけれど、おそらく元同期の高城さんだろう。草野球チームにいたはずの高城さんが、今は強豪野球部に入って活躍している。それだけで、胸が熱くなった。  投球練習が終わり、試合が再開された。春日園はワンアウト一塁三塁で、チャンスが続いていた。バッターが犠牲フライでアウトになり、三塁ランナーがタッチアップして一点を返した。  九回裏、春日園が土壇場で同点に追いついた。日向社長とハイタッチをしてよろこんだけれど、高城さんを思うと、複雑な心境になった。送球の間に一塁ランナーが二塁に進塁し、ツーアウト二塁。春日園は得点圏に走者を出したものの、続くバッターはライトフライでスリーアウトになり、残塁。 「おもろなってきたぞ」  日向社長は興奮をあらわにして言ったが、佐土原くんを応援したい気持ちと、高城さんを応援したい気持ちが入り混じって、いっそのこと引き分けで終わればいいのにと思ってしまった。強豪、横綱食品の意地と、強豪を倒したい春日園の意地がぶつかり合う試合は、延長十一回までいっても決着がつかなかった。 「延長十二回までいきましたね。社会人野球はこのまま、得点が入るまで試合を続けるんですか? プロ野球やったら引き分けになりますよね?」  野球初心者の私は、素朴な疑問を日向社長に投げかけた。 「ここからは、延長タイブレークになるねん。今大会の場合は、ワンアウト満塁から試合を始めて、勝敗を決める」 「そうなんですか」  延長タイブレークで試合が始まった。十二回表、横綱食品は一点を追加したが、十二回裏に春日園も一点を追加した。  十三回表にも横綱食品は一点を追加した。十三回裏も続投する高城さんは、バッターをセカンドゴロに打ち取り、ダブルプレーで得点を許さなかった。結果、三対四。延長十三回までの死闘を、横綱食品が制した。 「ああ」  日向社長がため息にも似た声を漏らした。選手だけではなく、応援していた私たちにも敗戦のショックがのしかかり、なんだかドッと疲れた。高城さんの活躍を見ると応援したい気持ちにはなったが、やっぱり春日園には勝ってほしかった。 「選手たちはようやった。でも悔しいな」  スタンドからお客さんが引き上げていく中で、日向社長は座り込んだまま、なかなか席を立つことができなかった。
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