五回

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 取引先に向かう日向社長を見送った後、大きなあくびをしてしまった、金曜日の夕方。日向社長は、取引先で打ち合わせの後、ナイターを観に行く。そんな日は、私は早く帰ることができた。だから、つい気が抜けてしまったのだ。今週は、都市対抗野球大会の本大会を観に東京まで行ったり、たっちゃんの誘いを断れず、帰りが遅くなってしまったり。なんだか疲れた一週間となった。気合いを入れるために、頬をパチンと叩いた。  そんなところを、受付嬢に見られてしまった。目が合うと、優しく微笑む受付嬢。慌てて会釈をする私。私は、いつも余裕がない。受付嬢は、あの優しい笑みで南郷さんとたっちゃんをとりこにしているというのに。  エレベーターに乗り込むと、社長室に向かった。主人がいなくなった部屋では、たくさんの仕事が私を待ち構えていた。さっさと片付けよう。そう思いながら、ふいに階下をながめた。都市対抗野球大会の一回戦で敗退した春日園野球部。九月に行われる、社会人野球日本選手権大会の近畿地区最終予選に向けて、気持ちを切り替えて練習に励んでいた。佐土原くんは、またスタメンで出場できるのだろうか。彼ならできる。きっとできる。私も、負けてはいられない。 「go for it!」  小さくつぶやくと、窓の外に背を向けた。私だってできる。きっとできる。  そんな私の耳に、ドアを叩く音が聞こえた。慌ててドアの前に向かい、深呼吸してからドアを開けた。 「こんにちは」  ドアを開けたのは、赤ちゃんを連れた七緒さんだった。びっくりして言葉を失った。 「今日、野球部の人たちと会うから、社長室に寄ってみた」  七緒さんは相変わらずのスタイルの良さで、とても出産して一カ月とは思えなかった。 「ごめんなさい。今日、社長は外出されていて、お戻りにならないんです」 「そっか、会えなくて残念。ほな、仕事が終わり次第、春日園野球部のグラウンドに集合、ね?」 「え?」  私も、ですか。そう聞く前に、七緒さんは部屋を出ていった。今日は早く帰ろうと思っていたけれど。七緒さんからの誘いは、私を元気にさせた。
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