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仕事は特にトラブルもなく、サクサクと片づいた。それもこれも、七緒さんからのお誘いのおかげ。
「お疲れ様」
身支度をしてエレベーターに乗り込むと、途中のフロアからたっちゃんが乗ってきた。
「仕事、終わり? 飲みに行く?」
「ごめん。今日、七緒さんが来ていて。これから食事に」
「もしかして、赤ちゃん、連れてきてんの? オレも行っていいかな?」
たっちゃんも来るのか。来てほしいような、来てほしくないような。
「野球部の人たちも、来るみたいやけれど」
「オレ、野球部の人らと仲良くさせてもらっているから。飛び入り参加も大丈夫やろう」
でも、私が『来たらあかん』とは言えず。ふたり揃って春日園野球部のグラウンドに向かうはめになった。
「田野さん、出産おめでとう! 赤ちゃん、抱かせてや」
たっちゃんは七緒さんの姿を見るなり、軽いノリで挨拶をした。そして、生後一カ月の赤ちゃんを、躊躇せずに抱っこした。そんな壊れそうなくらい小さな赤ちゃん、私なら怖くて抱けない。
「ありがとう! それにしても、なんでふたりで? 私、ルイちゃんを誘ったんやけれど?」
七緒さんがいじわるを言って笑った。
「たまたま、エレベーターの中で会って」
「オレのハニーちゃんが、田野さんとメシ行くって言うから、ついてきてん!」
私の言葉を遮るように、たっちゃんが言った。
「ヘェ〜。ルイちゃん、延岡くんのハニーちゃんなんや?」
そう言って笑う七緒さんにだけわかるように、小刻みに首を振った。
「あ、今、終わったみたい」
七緒さんが、グラウンドに視線を向けた。さっきの話、冗談やと思って聞き流してくれていますように。心の中で小さく祈った。
七緒さんファミリーと、たっちゃん、南郷さんと受付嬢の清武まどかさん、そして私。なんだか微妙なメンバーとの食事会になった。そんなこととはつゆ知らず。久しぶりの外出となった七緒さんは、饒舌だ。生後一カ月の赤ちゃんを連れての食事会。気を遣い、個室の部屋を予約してあった。
「飛び入り参加ですみません」
なんて、口では謝っているたっちゃんだけれど、悪いなんて思っていないようだ。
「まさやん誘ったけれど、今日はけーへんみたいやから。ひとり増えてちょうどよかった」
まさやんとは、佐土原くんのことだ。たっちゃんと私に繋がりがあること、佐土原くんには知られたくなかったから、来なくて良かった。
「アイツ、きっと自主練しているんやで。ホンマ、偉いな」
田野さんがポツリとつぶやいた。
「デートかもしらへんで? こないだ、ファンから差し入れもらっていたもんな」
南郷さんがニヤニヤしながら、口を挟んだ。
「ああ。手作りクッキー、うまかった」
「ちょっと、嘉くん、なんで佐土原くんへの差し入れを食べるかな?」
七緒さんが突っ込んだ。
「一枚食べただけ。まさやんもおいしいって、食べてたし」
「でもさー、『あなたのファンです』って、どこの誰が作ったのかもわからんクッキー、よく食べるよな? オレはよう食べへん」
南郷さんが気味悪がって言った。それは、私が作ったクッキーだ。
「ファンからの差し入れは、ありがたいと思うよ」
田野さんは、いい人だ。南郷さんはイケメンでモテそうやから、どこの馬の骨かもわからない人間からの差し入れは、迷惑なのかもしれない。
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