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駅から歩いて十分程度。春日園本社と、隣接した工場が見えてきた。改めて大きい会社だと実感した。たっちゃんは、工場ではなく本社の方へと向かった。受付の綺麗なお姉さんが、男性と話をしているのが見えた。
「延岡くん、お疲れ様」
男性が振りむくと、私たちに笑顔を見せた。色黒と言うか、日サロ焼けっぽく見える。髪は緩いパーマで茶髪。そんな四十代くらいの男性が笑顔を見せると、歯並びのいい、白い歯が際立って綺麗に見えた。
「お疲れ様です。日向社長」
しゃ、社長! 春日園の社長って、こんな人なのかと、驚きのあまり目を丸くした。
「国富ルイさん。延岡くんから聞いているよ、いろいろと」
ニヤリと笑う日向社長。たっちゃんはきっと、余計なことを言っているに違いない。
「国富さん。ひとつ質問してもいいかな?」
社長とは思えない軽いノリで、私に一歩近づいた、日向社長。挨拶もままならないまま、小さく「はい」と言うのが精いっぱい。
「野球は好きか?」
さっきまでの笑顔を封印した日向社長が、真顔で言った。
「興味ないです」
真剣な眼差しで聞かれたら。嘘はつけず、正直に言ってしまった。
「ルイ!」
たっちゃんの顔色が変わり、明らかに動揺しているのが伝わってきた。どうやら私は、ストレートに言いすぎてしまったらしい。もう少し、オブラートに包んで答えるべきだったか。そんな私を見て、日向社長がオーバーなくらいに声をあげて笑った。
「興味がないなら、ちょうどいい。オレが一から教えてやるから、ね?」
「はい。よろしくお願いします」
興味がないのに、教えてもらわなくても。そう言いたい気持ちは封印して、深く頭を下げた。
「ほなさっそく、今度の日曜日、野球を観に行こう」
「えっ」
私とたっちゃんがほぼ同時に声をあげた。
「延岡くんも、来る?」
「ご一緒しても、よろしいんですか?」
たっちゃんは、自社の野球部の試合を観に行くくらいの野球好きだ。ときどき、仕事帰りに同僚の方々と野球を観に行くことはあっても、野球に興味のない私を無理矢理誘ったりはしなかった。そんなたっちゃんは、日向社長の誘いに顔をニンマリとさせた。
「帰りにメシ行こう。国富さんの飲みっぷりもみたいし、ね!」
たっちゃんは、やっぱり余計なことを言っているようだ。たっちゃんの足を、ローヒールで軽く踏んづけた。
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