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たっちゃんのコネもあり、日向社長と面会しただけで採用が決まった私は、四月から春日園の本社で働くことになった。ただし、正社員として働けるわけではなく、今の社長秘書が産前産後休暇の間、契約社員として働くのだ。秘書検定の資格だけを持っていて、実際には秘書経験ナシの私が、勤まるのか不安。
『契約が切れたあとは、オレのところに永久就職する?』
たっちゃんは、冗談か本気かわからないことを言っていた。契約が切れた頃には、私も結婚を考えるのだろうか。今は、全く考えていないけれど。
大阪環状線に乗り、降りたことのない駅で降りると、ユニホームに身を包んだ野球ファンたちの姿が目についた。日曜日の午後。大阪リミックスカウズの本拠地、大正ドームで行なわれるプロ野球のオープン戦を観戦するために来た。日向社長は、大阪リミックスカウズのファンなのか、それとも、対戦相手である横浜ベイブルースのファンなのか。どちらにしても、野球初心者の私は、それだけでアウェー感がハンパない。野球ではビジターと言う。たっちゃんについ最近、教えてもらったばかりだ。
「ルイ!」
駅の改札口で待ち合わせ。たっちゃんが私をみつけて、大きく手を振った。たっちゃんの隣には日向社長の姿。
「こんにちは! お待たせしてすみません!」
白い歯を見せて、日向社長が笑う。野球ファンに混じって大正ドームを目指した。本当は、お得意様への接待用だったみたいだけれど、キャンセルになり、運よく私たちにまわってきた貴重なチケットだ。席は中央、バッターボックスの真後ろ。チケットの値段を思いながら、座り心地のいい席に座った。
たっちゃんが、気を利かせてビールを買ってきた。ひと足先に私たちは、プレイボールといきますか。
「かんぱーい!」
日向社長の前でも、遠慮なくビールをおいしくいただいた。
「国富さんの飲みっぷりに、延岡くんが惚れたんもわかるわ!」
アルコールのせいではなく、顔が火照った。地味な見た目と違い、私はアルコールに強い。いくら飲んでも、酔わない。いわゆる『ザル』なのだ。
「日向社長! ルイには手を出さんといてくださいよ?」
たっちゃんは、相手が自分の会社の社長にもかかわらず、軽いノリで話しかけていた。
「大事な社員には手ぇ出さへん主義やから。国富さん、今度サシ飲みしよか?」
「さっそく口説いてますやん!」
大してアルコールがまわっているわけでもないのに、ふたりの会話は弾んでいた。間に挟まれた私は、作り笑いをするしかなかった。
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