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脱出
「・・・好き?ヨハンが僕を?」
「ええ。初めて会った時からあなたに恋をしていました。所謂、一目惚れというやつですね」
『そう思っているのは案外カルミア様だけだけだったりするかも知れませんよ。ただヨハン様の想いをカルミア様が気付いていないだけだったりして』
カルミアはターニャとの会話を思い出していた。
(まさか本当にヨハンが僕を好いていたなんて。全然気付けなかった。)
ターニャに視線を送ると、ほらねとばかりに肩をすくめた。女の勘って凄い。
「えっと...」
なんて返せばいいだろう。
ヨハンの事は友達としか見れない。
でもそれを伝えていいものか。ヨハンが傷付くんじゃないのか。
返答に悩んでいると、ヨハンは柔らかく微笑んだ。
「答えが欲しいわけではありません。カルミアの気持ちが私にないことくらい、とっくに気づいています。ただ、想いを伝えたかっただけです。こうして会えるのも、最後になるかもしれませんから」
最後、という言葉にチクリと胸が痛んだ。
そうだ。ここを出れば、もう二度とこの国に戻れない。それはつまりヨハンやターニャ、クロエにも会えなくなるということだ。
孤独にも似た感情が、心の中に渦を巻く。
これから先の生活を思うと、弱気になってはいけないとはわかっているが、既に心が折れそうだ。
(何弱気になっているんだ、馬鹿)
カルミアはそんな自分を奮い起たせるように、両頬を叩いた。
熱の伴った痛みがジンジンと頬に走る。
それより今はヨハンのことだ。
こうして話せるのも最後になるかもしれない。曖昧のまま終わらせたくない。
カルミアはヨハンを見上げた。そしてヨハンの澄んだ瞳を捉え、意を決したように口を開く。
「....僕はギルバートが好きだ。」
「...ええ、知っています」
「おかしいよな。あんな酷い仕打ちを受けたっていうのにさ。でも全然嫌いになれないんだ」
「カルミア...」
「だからヨハンの気持ちには答えられない。答えられないけど、すごく嬉しかった。僕を好きになってくれてありがとう」
ヨハンは一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、けれどそれはほんの一瞬のことで、すぐに晴れやかな表情に変わった。
「...カルミア、人を好きになるということはそういうものです。好きと嫌いは表裏一体と言いますが、実際はそんなに簡単に、好きが嫌いに変化することはありません。一緒にいる内に情が芽生えますからね」
ギルバートを嫌いになれたらどんなに楽か。
嫌いになれないから、こんなに苦しいのだ。
ヨハンの心情もおそらくカルミアと一緒だろう。
「カルミア。お礼を言うのはこちらの方ですよ。出会ってくれて...私を変えてくれてありがとう。これからも友達でいてくれますか?」
「何馬鹿なこと言ってるんだよ」
カルミアは怒ったように語尾を強めた。
「...離れていても、ずっと友達だ」
ヨハンは薄碧色の瞳を細めた。
その表情は何処か嬉しそうでもある。
「....先を急ぎましょうか。馬車を待たせてあります。折り入った話は車内でしましょう」
「そうだね」
ヨハンは門まで歩みを進めた。カルミア達もその後に続く。
ヨハンは胸ポケットから錆びた鍵を取り出すと、門の鍵穴に指しこんだ。
ガチャンと鍵穴が回る音がする。
悲鳴のような音を鳴らしながら、徐々に開いてく城門。
それと共に門の向こう側の景色が見える。
門の向こう側は、まるで知らない景色だ。
この門を越えたらもう後には戻れない。
けれど自分の人生は、自分で決めると切り開くと決めた。
カルミアは大きく深呼吸をして、一歩前に踏み出した。
ーーさよなら、ギルバート。
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