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秘密その2
「ヨハン」
「なんですか?」
「ヨハンは前に王族追放を免れないくらいの大きな秘密を抱えているって言っていたよね。それが一体何なのか聞いてもいい?」
「・・・いいですよ。聞いていて、楽しい話ではありませんが」
ヨハンは記憶を辿るように、視線を落とした。
「ギルバートの母親であり、側室でもあったリリアンヌを、私の父・・・前国王は溺愛していました。それを私の母でもあり、王妃でもあったアイリーンは快く思わなかったのでしょう。――リリアンヌに毒を盛り、殺害したのです」
ヨハンの口から発せられた言葉は、衝撃的な内容だった。
海の底のような静寂が、車内を支配する。
「この事は私と母であるアイリーンの秘密でした。国王にばれたら、王宮追放を免れませんから。墓場まで持っていくつもりでした、しかし・・・」
「ギルバートは、気付いたんだね」
「・・・はい」
ヨハンは膝に置いた拳に力を込めた。
悔しさとやるせなさが、手に取るように伝わる。
「聡明なギルバートの事です。おそらくいくつもの綻びを、点と点を繋げるように繋ぎ合わせ、私達の秘密に辿りついたのでしょう。そしてこの事を交渉材料にギルバートに脅されました。王太子の座を譲らないと、国王に告げるぞ、と。先ほども言った通り、リリアンヌは前国王の寵愛を一心に受けていました。この事件が明るみに出れば、私達は王族追放は免れない。いや、もしかしたら絞首の刑に処されるかもしれませんでした」
「国王の愛する人が殺されたのですから当然ですね」とヨハンは自嘲するように鼻で笑った。
「・・・悪いのはアイリーン元王妃だ。ヨハンは何も悪くない」
「・・・確かにそうですね。でも私は王族です。清く正しい存在でなければいけない。親の罪は、子供が背負わないといけないのです」
ヨハンは視線を窓の外に移した。
その表情は憂いに満ちている。
「・・・王太子の座をギルバートに奪われて、私の生活はまるっきり変わってしまいました。離れの宮殿に追いやられ、周囲を取り巻いていた人達も全員離れていきました。あの頃は、王位継承権をギルバートから取り戻そうと、必死でした。だから次期王太妃と噂されたカルミアに近づいたのです」
「僕に?」
「・・・はい。今だから言えますが、私は貴方に毒を飲ませようとしていました」
「・・・え」
カルミアは戸惑ったように瞳を揺らせた。
「魔国から取り寄せたナーデリアという毒花を使って、カルミアを昏睡状態に陥らせようとしていたのです。そしてそんな貴方を交渉材料に、継承権を取り戻そうとしました」
「そう、だったのか」
「....結局は貴方に恋をしてしまって、未遂に終わりましたけどね」
ヨハンはカルミアの様子を伺うようにちらりと盗み見た。しかしカルミアから、軽蔑の感情が感じられないと分かるとすぐに視線を逸らした。
「愚かにも私は母親と同じ道を歩むところでした。カルミアに出会えてなかったらと思うと、ゾッとします。私を変えてくれたカルミアには頭が上がりません」
「変えてくれたって・・・、僕は特別な事は何もしてない」
「確かに特別な事は何もしていないかも知れない。でも私は貴方に救われたんです、カルミア。」
そう言って、ヨハンは今まで見せた事ないような優しい笑みをカルミアに向けた。カルミアは心の中に陽だまりが差し込んだような気持ちになって、それがくすぐったくて思わず狼狽える。
「そ、そうだ。あの魔笛!!」
カルミアは照れ隠しのように、話を逸らした。
リュックの中から、魔笛を取り出すと、それをヨハンに見せる。
魔笛はすっかり光を失い、ただの銀笛に変貌していた。
「この魔笛は一体何?どういう仕組みで魔王が召還されるわけ?」
「仕組みは分かりませんが、この魔笛は魔国の王族に代々受け継がれて来たものだそうです。普段は普通の銀笛ですが、満月の夜にだけ“この中に眠っている者”を呼び出せる召還魔具になると聞きました」
「・・・眠ってる者?」
「――借りるぞ」
ジキルはカルミアから魔笛をひょいと奪った。
月明りに照らされた銀笛の外装が、白々とした光を纏っている。
「この中には特殊な空間が広がっている」
「特殊な空間?」
「時間の概念がない空間だ。この中にいれば年も喰わなければ、病気も進行しない。俺はこの中に二百年間眠っていた」
「二百っ!?」
人間だったらとっくにご臨終している。
魔族は人間より長生きだと聞いたことがあるが、果たしてジキルは一体何歳なのだろう。
聞きたいような。けれど恐ろしくて聞けないような。
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