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仲違い
離宮の建設案を進めていたギルバートは、今すぐにでもカルミアを監禁したい気持ちだった。
仄かに残った甘い香水の匂い。食の細いカルミアにしては多いお菓子。何処かそわそわとしているカルミアの態度。
部屋に訪れた者がいれば、知らせるようにと伝えてあるにも関わらず、カルミアは一向に報告しない。何か理由があるのだろうが、面白くない。部屋の前で警備にあたっている騎士達に話を聞いても、誰も口を割ろうとしない。おそらく弱みを握られているか、高額な金で買われているのだろう。
ーー誰だ。誰が俺からカルミアを奪い取ろうとしている。
ギルバートは、胸の奥から沸き上がるどす黒い感情に、理性が飲まれそうになっていた。カルミアを組敷いてやりたい。泣き叫んで許しを求めても、欲望のままにカルミアを突き立ててたい。そうすればこの醜い感情も、少しは楽になるだろう。
しかし当時のギルバートはそれが出来なかった。カルミアから尊敬と信頼を一心に受けていたからだ。カルミア自身は気付いてないだろうが、淡い恋心が芽生えている事をギルバートは知っていた。自ら築き上げた努力を、棒に振る事だけはしたくない。欲しいのは体だけではない。ギルバートはカルミアの全てが欲しかった。
相手はおそらく使用人や騎士だろう。生まれは貴族か商人。多額の財を持っている事は間違いない。
ギルバートは、客間に出入りしている人間を泳がし、隠密に王城内の人の出入りを調べ上げた。
どうやら相手は随分と慎重な性格をしているらしい。そしてかなり人を手懐けるのが長けているようだ。目撃者の証言もなく、金で買われたであろう騎士達に一生遊んで暮らせる額の金貨を提示しても、首を横に振るばかりだった。
巧妙な偽装工作に中々手が焼けたが、一つ綻びを見つければあれよあれよとボロが出て来る。
客間に出入りを繰り返していた人間は、ヨハンだった。その名前を聞いた時、ギルバートは思わず耳を疑った。ヨハンは王位に執着していた。そしてヨハンの現状を考えれば、カルミアに何かしらの危害を加え、取引の材料にすると踏んでいた。
おそらくヨハンは、カルミアに心を奪われたのだろう。ミイラ取りがミイラになったのだ。
ギルバートの心は嫉妬に狂った。何故よりにもよってヨハンなんだ。
炎にじりじりと体が焼かれ、炎に飲まれた屋根組のように理性が崩れる音がする。
ーー何故俺に隠した?二人っきりで何をしていた?俺に言えないような事でもしていたのか?
カルミアは過去の生い立ちから、性行為に強い嫌悪感を示していた。ヨハンとはそういう関係ではないのは分かっていたが、憎悪と嫉妬がもつれ合った激しい感情に支配されたギルバートの理性はいとも簡単に崩れ落ちた。
ランタンの小さな明かりが灯る就寝間際の部屋。ベッドの上で、微睡んでいるカルミアに、ギルバートは覆い被さった。カルミアは瞼をゆっくりと開き、ギルバートに視線を向けた。
『ギルバート?』
『………』
ギルバートの異変に気付いたカルミアは、不安そうな声色で尋ねた。ギルバートの表情は、鮮血のような赤髪で隠れているせいで見えない。
『どうした?ギルバート?具合でも悪い?』
カルミアは、ギルバートの頬に手を伸ばす。ギルバートは邪魔だとばかりに、その手を払いのけた。カルミアの心配そうな顔が、見る見る傷ついたような表情に変わる。
『...カルミア、何故黙っていた?俺が執務で留守にしているのを良い事に、ヨハンがここに来ているだろう。あれほどこの部屋に訪れた者がいたら、報告するようにと言っていたのに。何故君は俺を欺く。二人っきりで何をしていたんだ?俺に言えない事か?』
『...何もしてないよ。僕とヨハンは友達だし。ただ会って、世間話をするだけで...っつ!』
言葉を遮るように、ギルバートはカルミアに噛みつくようなキスをした。
驚いたカルミアは、両手でギルバートの肩を力の限り押し退けた。
『ギ、ギルバード?』
カルミアは何が起こったか分からない、といった様子だった。大きな目はさらに広がり、形の良い口は僅かに開いている。
それもそのはすだ。目の前にいる男は、カルミアの知っている優しいギルバートではないのだから。
『せっかく大切にしてあげようと思ったのになぁ』
そう独り言のように呟くと、ギルバートはカルミアの襟ぐりを掴み、勢いよくボタンを開いた。
ボタンがぶちぶちと嫌な音を立てて飛び散り、ころんっと床に落ちる。
カルミアの瞳は、恐怖で揺れていた。
『ギ、ギル、やめて』
『でももうやめた。口うるさい連中を黙らせて、身分の低い君をこの城に置いてあげるのが、どれたけ大変だったと思う?それなのに君はそんな事も知らないで呑気にヨハンと逢瀬を重ねてさ』
『逢瀬じゃない!!!ヨハンとはそんな関係じゃない!!ただの友達だって!ヨハンの事をギルバートに言わなかったのも、ちゃんと理由があって、』
『ヨハンヨハンうるさいなぁ!!』
聞きたくないとばかりに、ギルバートは声を荒立たせた。
カルミアの肩が驚きでびくりと跳ねる。
ギルバートはにこりと口元に笑みを浮かべているものの、その目は全く笑ってない。
闇を孕んでいる笑顔にカルミアは背筋を凍らせる。
『ギル?本当に君はギルなの?』
『そうだよ、君の友達のギルバートさ』
『まぁ』とギルバートは続く。
『ーー俺は一度も友達だなんて思った事はないけどね』
カルミアは耳を疑った。
ギルバートが放った言葉が、鋭いナイフのように心に突き刺さる。
ーー友達だなんて思ったことはない。
その言葉に灼熱の炎が胸の中を焼き付くすような錯覚を覚える。
(なら、僕は君にとってどんな存在だったの?)
そう尋ねたいのに、その先の言葉に傷つけられるのが怖くて聞けやしない。
『.....僕はずっと友達だって思ってたよ。』
目尻に透明な液体が溜まり始める。
そんなカルミアを、ギルバートは氷のように冷たい目で見下ろしていた。
『ここまで我慢したんだ。もういいよね』
ギルバートはそう呟くと、カルミアの両手を軽々と頭上でまとめた。そしてミルクのように真っ白な胸に、唇を落とす。小さな痛みと共に次々と赤い華が咲くその光景が、娼館での忌々しいあの光景と重なり、カルミアは半狂乱になった。
『ギル!!!なぁギルってば!!』
カルミアは首を大きく左右に振り、足をばたつかせた。しかし一回り違う体躯は、びくりともしない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
ギルバートはどう思うおうが、僕にとっては友達なんだ。
『やめてくれ、ギルバート。もう僕は男娼じゃない!!二度と男娼にはなりたくない!!!』
『好きだよ、カルミア』
『嘘だ!!本当に僕が好きだったらこんな強引にしないだろ!?』
『愛故だよ』
全く話が通じない。
透明な滴がカルミアの頬を伝う。
ギルバートに視線を向けると、獣のようにギラギラした光を含んでいた。
カルミアの瞳から生気が抜け、光が失われる。
(そっか。最初からギルバートは僕を男娼にさせるつもりで連れてきたんだ)
おかしいと思った。この国は身分社会。ましてや男娼出身の卑しい少年を、周囲の反対を押し切ってまで一国の王太子が匿ってるなんて。
何か思惑があるはずに違いなかった。
それを純粋に好意と受け取って。なんて馬鹿なんだろう己は。
『んっ』
ギルバートはカルミアの胸の飾りを口に含んだ。
カルミアの口から甘ったるい吐息が漏れる。
娼館で仕込まれた体は嫌でも反応してしまう。
なんて浅ましい体なんだろう。
『ギ、ル、お願いだからやめ』
『君に拒否権なんてないよ』
ギルバートの手が、カルミアの秘部に伸びる。
つまりそれは、カルミアが一番嫌ってる行為の始まりの合図だった。
ーーーその日を境に、カルミアはギルバートに心を閉ざした。
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