1 プロローグ

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緑の木々が生い茂る、鬱蒼とした森の中。重なり合った枝葉が、月光が遮り、周囲は一面仄暗い。 ここはロズベルクの森。通称、死の森。言わずと知れたフェンリルの生息地だ。この森に足を踏み入れた者は、二度と帰ってこない。痕跡すら残さずに、フェンリルが食い殺してしまうからだ。そのため普段は誰も近寄らない。…近寄らないはずなのだが、どうも今日は様子が違っていた。地響きのような大勢の爪音から遠ざかるように、二匹の馬が颯爽と森の中を駆け抜ける。――フェンリルも怯える程の速さで。 「死ぬ。死ぬから本当にいぃいいい」 先頭の馬に跨まっている少年は、涙目を通り越して半泣きだった。大きく上下に揺れる馬の背は、姿勢を保つ事すら困難。それに加えて、絶え間なく吹き荒れる向かい風で、窒息死寸前だった。 王宮の騎士達は、呼吸をするくらい自然に乗りこなしていたから、てっきり馬に乗るのは簡単なものとばかり思っていた。 『乗馬?そんなの僕だって出来るよ。ただ馬に乗ればいいんだろ?』 とかなんとか言っていた過去の己を戒めたい。こんなに大変だと分かっていれば、馬に乗って大陸を横断しようなんて絶対に提案しなかった。 「待てや、ごらぁああああああ」 背後からは品の欠けた罵倒の数々。時折、鋭く光った矢が頬すれすれに飛んで行く。空気を裂き、地面の土を大きく抉るそれに、一瞬にして背筋が凍りつく。 ひいい。なんちゅーもんを投げてくれてるんだよ、あいつら。 (何が傷一つつけないで拘束するだ、ギルの奴。こんなのが刺さったら、怪我どころでは済まないぞ。拘束どころか完全に殺す気だろ、あの馬鹿) 追っ手共は日を追うごとに過激になっている。中々捕まらない逃亡者に、痺れを切らしているのだろう。 「っ痛」  伸びきった枝が体を叩き、擦り傷が増えていく。陶器のような肌に赤い血がじんわりと滲み、紙で指を切った時のような鋭い痛みが駆け巡る。しかし今はそんな些細な事を気にしている場合ではない。 闇夜のような漆黒の髪をなびかせながら、目の前で手綱を握っている青年にしがみつく。 ――あの場所には二度と戻らない。自分の人生は、自分で切り開くと決めたのだ。 澄んだ瞳は遥か遠くの未来を見据えていた。  
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