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……そう。和真の出張先は、月面コロニー。
塔のように高く伸びる軌道エレベーターの先にあるステーションから、月への定期船が出るようになって何年か経つ。まだ一部の企業や研究機関の人しか行けないけれど、人はなんとか月に住めるようになった。それほど技術が進んでも、世界はまだ未知の感染症には弱い。
月から個人でオンライン通信が出来る時間は限られているので、話せるのは週一回のこの時間だけ。出来ないよりはましなのかも知れないけれど。
ねえ和真。月はこんなに綺麗なのに、決して手は届かない。あなたの姿は3Dディスプレイでまるで目の前にいるように見えるけれど、あくまでも立体映像で触れるわけでもない。
わたしは今すぐあなたに会いたいのに。この手で触れたいのに。
『21世紀初頭のコロナウイルスのパンデミックの頃には、こうやって誰かが月に行くことも、月と地球でこんな風に話せることも出来なかった』
和真は優しく言った。
『あの時のパンデミックも、ワクチンが開発されたことで治まった。このパンデミックも、人々の叡智できっと抑えられる。その為に俺達も頑張っているんだ。……だから、もう少しだけ待ってて』
月面には優秀な研究者が集まっている為、パンデミック以降はワクチンや特効薬の開発が進んでいるという。地球と切り離された環境だからこそ出来る実験もあるらしい。
わかっている。今はまだどうしようもないことは、わかっているんだけど。
ぽろ、と一筋涙がこぼれた。テーブルに落ちた涙の粒は、月の光を受けてきらりと輝いた。
──本当に。
月はこんなに綺麗なのに。
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