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「なんでもかんでも神様かみさま、だね。」
「そうよ!豆!猫も杓子もよ!おかしいのよ!可笑しいでしょう!?」神様だらけじゃないの!ヒステリックにふんすと鼻息を荒くする白狐に、君も神様だよね、とえんぺーおじさんは目を細め、マグカップに口をつける。荒く息を吐いた白狐はローテーブルに顎を乗せ、横目で一粒だけの炒り豆を睨んだ。食べちゃえばよかったわ、と後悔して、今食べちゃえばいいんじゃない、と口をそっと開けたところで、ぽんと鼻先に大きな掌が乗せられた。
「何しようとした?」
「はんひや」
ぶるんと顔をふり手を払いのけしゃんと姿勢を正して白狐はツンと取り澄ました。
「厄豆は埋めても浄化なんかしないわ。浄火に焼べなさいよ。神様が召す決まりなんだから。」
「『食べられたくない』って書いてある。」
「なら焼べなさいよ。焼べるか喰われるかよ。、、そうよ、そう!そうよ!だからあたくしは食べたの!そうよ!」
勝ち誇る白狐に、狐なのに相変わらず表情豊かだなあとえんぺーおじさんは感心した。ゆうちゃんの手紙にもう一度目を通して、ふんぞり返る白狐をヒタリと見つめる。
「じゃあ。君は大豆を食べて、何になるのさ?」
ふんぞり返ったまま白狐は首を傾げる。
「なににもならないわ?」
「それじゃあ、ヤクマメが不憫じゃないかい?」
ますます首を傾げ、ちょっとだけ背中を丸めた白狐はキョロリと視線を炒り豆にむけた。
「不憫?意味がわからないわ。」
「君はちっともヤクマメに貢献しない食い意地だけってことかい。」
「、、意味がわからないわ。」
『追しん
パパからえんぺーおじさんへ。
夏にえだまめなったらまたのみましょう。』
『追しん、その2
豆さんはえだまめになるん?』
「君、枝豆植えたらどうだい。」
「いやよ!なんでっあたくしっ、、なんで、そんなの、、あたくしは、ただ、ちょっと、食べちゃただけじゃないのよぅ、、アレは厄豆だし、、あたくしは、だって、、」
トントン、トン、と机を叩く硬質な響きに白狐の声は小さくなり、ん?なんだい?と尋ねたえんぺーおじさんに、わかったわよう、とうなだれた。
雪が消え起こされた田んぼに水が満ちていく季節。畦には枝豆の苗が1列に遙か向こうまで並んでる。ばしゃばしゃと田に入り頭から泥を被り白狐はその口にドジョウを咥えた。合鴨のひながピイピイとその周りを泳ぎ、まだ低い稲は負けじと根っこを張っていく。
それより少し前の桜咲く季節。春祭りで田舞いに賑わう稲荷社に豆の神様とお米の神様は豊穣の実りをお願いにあがった。稲荷社の小さな赤い鳥居の庭先に、いつかの炒り豆が埋まっていると豆の神様は思い出してくすくすと笑う。
「ヤクマメも召され喰われ糧になるというのに、あの子供は面白かったね。」
米の神様もふふふと笑う。
「それに振り回されるのもまたいいね。白狐は随分性質のよい狐様だ。珍しいこと。」
くすくす、ふふふ、笑う神様たちに稲荷様は、ふむ、と独り言ちた。あの子供はおそらく、と続ける。
「食べてやりたかったのだ。」
ほ?と。笑っていた豆の神様は表情を無くした。
「、、それは慈悲深い。」
隣でホロリと涙目になった米の神様に豆の神様はギョッとする。え、だって、ヤクマメだよ、人の子には災厄じゃないか。こぼす言葉に稲荷様は、ふぅ、と溜息を吐いた。
「だからこそ、じゃないかい。」
豆の神様はさっぱりわからないまま、なんとなく分が悪いことは察して口を閉じることにした。周りの空気を読めないと神様業務に支障が出るのだ。なんせ身内だけでも八百万の神様がいるんだから。
『ゆうちゃん、夏休みはもうすぐかい?
えだまめが食べごろだから遊びにおいで。
えんぺーおじさんより』
ゆうちゃんは、赤い郵便受けに届いた絵はがきをみつけた。絵はがきの写真は、大好きなとらくんがはなちょうちんの寝顔だ。えんぺーおじさんがゆうちゃんに送る絵はがきはおじさんオリジナルで、いつもゆうちゃんはほっこりする。でもまだゆうちゃんは表面のとらくんに気付いてない。短い文面に釘付けだ。
「夏休み、えだまめ、、夏休み、えだまめ!夏休み!!えだまめ!!ママー!!えだまめなったん!豆さんがんばったん!」
ママー、とゆうちゃんはランドセルを背負ったまま台所へ駆けだした。
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