5人が本棚に入れています
本棚に追加
教室に戻ると、薄い白い半紙が配られた。教卓に一升枡が置かれ、その中に炒り大豆が入っている。
「升を回すから10粒ずつ半紙に拾って包んでくださいねー」と鬼にならなかった縁なし眼鏡の神林先生が一番前の席の高林さんに升を渡した。貰った豆を半紙にのせると皆半分折から始めて包んでいく。包み方が決まってんじゃ、と初めてのゆうちゃんに、千之くんが教えてくれる。五角形に出来上がると、ゆうちゃんはふぅと息をついた。ありがとう千之くん、とお礼も忘れない。いいんじゃいいんじゃと千之くんはニヤニヤした。千之くんのニヤニヤ笑いは口端がもごもごしている。口をぱっかりあけて笑うとかっこいいのになぁとゆうちゃんは思っているけれど、男子が歯を見せて笑うのは軟弱だ、と千之くんのおじいちゃんが言ってたから、いろいろあるんだなぁ、と言わないことにしている。
先生と皆の真似をして、五角形の包紙を右手に持って、左肩を撫で、頭をなで、右肩を撫で胸を撫で左足を撫で右足を撫で、背中を撫でたら「気になるところを撫でる」。
千之くんが、頭よくなるんじゃ!と大真面目に頭を撫でて、それでみんなで頭をぐしぐしと包紙で撫でていたら先生は、悪いところを撫でるんだよー、よくなるとこじゃないよーと笑った。これはね、厄を豆の神様に祓って貰ってるんだよ。と教えてくれた。
豆の神様に厄をお渡ししたら、五角包は神社で浄火してもらうんだよ、と先生は、ゆうちゃんの「この豆食べないの?」の質問に、うん。食べないよ。と不思議そうに教えてくれた。
ところかわればしなかわる、だ、とゆうちゃんはピンときたので、わかったーとにっこり笑って頷いた。
校門からすぐ左に曲がって、畑を抜けて石段積み7段階段を上がっていく。
「あんなー、かずくん。オレが前にいたとこは、豆食べたよ。でなーチョコとかお菓子まいたん。」
「えー。へんじゃー。お菓子ぶつけんの。」
「うん。でなー拾って食べるん。」
「えー。ゆうちゃん、拾って食べちゃだめじゃー。ばばっちぃよ。」
袋入りだからきれいだけどなぁ、とゆうちゃんは思ったけれど、そうかなぁとやんわり答えた。
ごうにいってはごうにしたがう、のだ。
だけど、この『厄を拭った豆』はどうしたらいいんだろ?かずくんはどうするんだろう?神社ってあそこだよね、海の中の鳥居のとこ。民家をすり抜けて3つ目の7段階段をあがって振り返ると、浜のテトラポットの向こう側に小さく見える赤い鳥居。あれが朝日の昇る海の神社。海沿いの国道から入る小径は九十九折りでどんどんあがっていく。小径は車用で、だんだんに設えた民家と畑を真っ直ぐにあがっていくこの階段は人用だ。
「ゆうちゃんうちもえほーまきじゃろ?肉巻じゃー。」
「、、にく。にくまき?肉を撒くん?」
「ぶはは。ゆうちゃん。肉を撒くわけないじゃん。えほーまき、ゆってんじゃん。」
せつぶんはにくまき。えほーまき。
「ローストビーフえほーまき?」
「トンカツ巻きでもいーなー。」
魚はもう飽きたんじゃ、と千之はべぇと舌を出した。
「オレんとこは苔巻きだよ!あとイワシ食べるん。」
「頭かじるのか?」
こてりと首をかしげる千之くんにゆうちゃんもこてりと首をかしげた。二人でむむっと腕組みして、一緒に反対側にこてりとまた首をかしげた。
「イワシの頭をモリに刺して玄関にかざるじゃん。その頭食うの?」
「イワシ、煮ててん。だから頭無いよ?」
「その頭は玄関に飾られてるんじゃ!なら安心じゃー。」
「ふぅん。朝は飾って無かったけど、帰ったらあるのかな。かずくん、うち寄ってく?すぷらーとんやろう!」
あっという間に三叉路の分かれ道。千之くんともうちょっと遊びたくて、あと、聞きたいことがいっぱいで、ゆうちゃんが誘うと、千之くんは、ぶんぶんと首も腕も横にふった。
「ダメじゃ!ゆうちゃん!節分の日は寄り道しないの!悪い鬼がそこからくるんじゃ。」
「、、、そこ。」
「明日ならいいよ!明日一緒にすぷらーとんな!じゃあまた明日じゃー!」
そこ。そと。あれ?方言じゃないん?方言はデリケートだからいちいち聞き返すのは難しいとゆうちゃんはなんとなく知ってる。つい遠慮してスルーしている。でもなんとなく。マズイ気がする。明日聞こう。
最初のコメントを投稿しよう!