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玄関にイワシの頭は飾られてなかった。お正月に飾るヒラヒラしたしめなわは一年中玄関でヒラヒラしていて、そこの輪っかのまん中にイワシの頭を足すのかなぁ、と見上げてみたけれど変わってない。ママも初めての節分だからわからないのかもなぁ、とゆうちゃんは思う。
「ゆう、お帰りー。ママ、スーパー行ってくるん。なぎくん見ててね。」
「はーい。なー、イワシの頭あるん?」
「えー?なにー?ああ、学校でイワシとヒイラギの話聞いたん?ヒイラギの葉っぱかぁ、うーん、スーパーにあるかなぁ。クリスマスの葉っぱ飾りでもいいかなぁ。とにかくちょっと行ってくるねー。恵方巻受けとってくるだけだから。パパに頼んだのにねー。早上がり出来なくなっちゃったんだって。」
早口早足でママはひゅんとゆうちゃんの脇をすり抜け、チャリチャリと車の鍵のついたキーホルダーを手に、ガラッとすりガラスの玄関引き戸をスライドして出て行った。ふぅ、とゆうちゃんはランドセルを上がり框におろして、トンとお尻をつく。ひゅうとすきま風が玄関から吹き込んで、まったくもう、ちゃんと閉めないんだから、とゆうちゃんはママに呆れた。靴を脱ぐ前でよかったなぁ、と立ち上がった。ほんのちょっと開いている戸に一歩踏み出そうとして、そのすきまにユラリと動く影が見えて、違う、オレの影が戸に写っただけ、ぎゅっと目を瞑ってぶんと首をふって、薄目でもう一歩踏み出してゆうちゃんはぴしゃんと閉めた。閉めるついでに小さな声で「おにはそとー」と、となえた。ゆうちゃんの親友のそうちゃんが前に言っていた。ゆうちゃんはじゅもんがトクイブンヤだって。そうちゃんはスゴイやつで、そのそうちゃんがオレをスゴイって言うんだからオレのトクイブンヤはじゅもんで間違いない、とゆうちゃんはにっこり笑って、ちゃんと鍵もしめた。
「開けてよー。ゆうちゃーん。」
「どちらさまですかー」
「ママよー、ゆうちゃん開けてー、ママおうちの鍵忘れたの。おサイフと車の鍵しか持ってないのよう。」
「どちらさまですかー」
ゆうちゃんは不思議で仕方ない。合言葉を言わないママはオレをためしてるん?それともホントにママじゃないん?こんなにママみたいでママじゃなかったらびっくりだ。
「開けてよー。ゆうちゃん。いじわるしないでよー。ママ寒いよー。ゆうちゃんの恵方巻買ってきたのに。パパが行けないからママが行ってきたのにー。それにママ、鍵かけてないもん。ゆうちゃんが鍵かけたのよー。」
「どちらさまですかー」
「ゆうちゃんー、ママだってばー」
「、、、『今日は何の日?』」
仕方ないからゆうちゃんから合言葉を言った。ホントはお外の人が言うルールだった。
「節分だよー。ねー、ゆうちゃん開けてよー!」
「、、、ママ、パパが帰って来るまで車ね。オレ、かぎ開けかたわかんない。」
じり、っとゆうちゃんは引き戸から離れた。合言葉、決めててよかった、かもしれない。
「ゆうちゃん、開けてよー、開けてよー」
ホットカーペットの上に毛布を重ねて、テーブルの下で遭難ごっこの真っ最中だった弟のなぎくんが、にいちゃん、とにっかり笑って手を伸ばすから、ゆうちゃんはしっかりその手を掴んで、また毛布の中に一緒に潜り込んだ。パパが帰ってきたら全部モンダイナイ。毛布でぐるぐる巻きにして隠したなぎくんは、ぷはぁ、と顔だけだしてしかめっつらのゆうちゃんを見てけたけたと笑った。
ごろごろしていたら、ガラガラと玄関の開く音がした。ゆうちゃんはなぎくんに、しいっ、と口に人差し指を立てて合図する。なぎくんは両手で口を押さえて、きらきらなぱっちりお目々でゆうちゃんに頷いて、かくれんぼー?とこっそり聞くから、うん、鬼はママだよ、とゆうちゃんは答えて、答えてから、血の気が引くほどにヒヤリとした。
そんなわけない。
だけど、そうだったらどうしよう。なぎをもっとちゃんと隠さなきゃ
「みーつけた!」
「きゃーぁ。めー!にいちゃん、みつかったぁー!」
「マッ、、ママ、、?」
「ゆう、ただいまー。ありがとう。なぎくんと探検隊ごっこしてたんねー。」
「パ、パパ、パパは?」
なぎくんを抱き上げたママは、まだだよ?早上がりできなかったんだってー。あれ?言わなかったかしら?と首をかしげた。
ゆうちゃんは血の気が引くってこういうことだ、と生まれて初めて体感してその場でごろんと倒れこんだが、ママには気づかれなかった。
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