年に一度の出番です

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「ヒイラギ無かったん。ゆう、クリスマスのケーキの飾りの葉っぱ、貸して?うーん、返せるかな?ちょうだい?かしら。」 台所でジャージャー水を流しながら、ピピッと指先だけでイワシのお腹を開いて内臓を抜くママは、よろよろとテーブルから這い出したゆうちゃんに振り向かず話かけた。 「葉っぱって、、クリスマスベルの?」 「イワシのアタマにヒイラギの葉を刺して鬼除けするんでしょう。はい、イワシのアタマ。葉っぱの飾り2個あったかなあ。ゆう、わかる?」 耐熱ガラスボールでママが見せた綺麗に洗ったイワシのアタマは、でも生臭くて折られた首はグロくて、ゆうちゃんは、うわぁ、とつぶやいた。カッコイイ赤リボンのキンピカベルのついたギザギザ葉っぱは宝箱に入ってる。2個だ。3回食べたクリスマスケーキに飾られていて、ママがピックを洗ってゆうちゃんにもくれたのだ。 「、、(コレ)に、刺すん?」 「そうよー。ギザギザのヒイラギとイワシの焼けた臭いは鬼が嫌がるの。頭だけ焼いてあげるわね。」パパは鰯は梅煮が好きなん。とママはお魚ホイルを敷いたフライパンにポイポイとイワシの頭を並べた。 「イワシアタマひとつじゃ、だめなん、、?」 キンピカベルをしょんぼり宝箱から取り出したゆうちゃんは、鬼なんか大嫌いだ、と思った。ぜったいうちになんかいれてやらん。 「はい。これを台所の裏口と玄関の前に引っかけるん。」 ヒイラギ飾りを口にくわえたイワシのアタマをオフホワイトの手芸ワイヤーでくるりと巻いてアタマの上で交差させ捻り、ママは輪っかを作る。ベルはイワシの口の中で赤いリボンが舌みたいで、だけど白目のイワシの顔は怖くて、ゆうちゃんはまた、うわぁ、とつぶやいた。 壁に沿って並ぶガスレンジ、冷蔵庫、戸棚。三分別ゴミ箱は一段下がった砂利の混ざったコンクリート土間に置いてあってサンダルが二足並ぶ。その先のドアをママと開けて、外のドアノブに輪っかを引っかけた。にっこり笑ったママがぐっと親指を立てて、ゆうちゃんもぐっと親指を立ててにっかり笑った。 「おにはそとー、、、おには、そこー。」 ねんにはねんをいれる、だ。ゆうちゃんは、もう一回、おにはそこーとねんおしした。そこ?とママが人差し指を顎にあて首を傾げる。ゆうちゃんはしっかりママを見上げて答える。 「そこなん。」 「ふぅん。面白いわぁ。郷に入っては郷に従う、よね。ママ、あちこち行けていろんなコト教えて貰えて嬉しいん。おにはーそこー、ってパパにも教えてね。」 膝下で纏わり付くなぎくんの頭をママはさらりと撫で、はい、とゆうちゃんにヒイラギイワシアタマの輪っかを指先に引っかけて差し出した。 玄関を開けたゆうちゃんは、キョロキョロと三和土から出ずに辺りを見回した。玄関から門までの小径は砂利土が敷いてあって、玄関の脇には古くて立派な石造りの燈籠もあって、反対側にはピカピカのカーポートがある。ママの車の上には今日はねこさんは居ない。表門の前にもいなそうだ。イワシアタマかじられるとやだなぁ、とゆうちゃんは、どこにしようかなぁと考える。それに、うちから出るのはいやだった。だから玄関扉脇に出っ張っているの赤い郵便受けの、取り出し口の持ち手に、片足は三和土に踏んばったまま背伸びして、輪っかを引っかけた。赤い郵便受けにプラプラと揺れるイワシアタマに、うん!と満足して、すぐにまた三和土に戻る。玄関を閉める前に、おにはそこー、と唱えるのも忘れない。あれ?とゆうちゃんは気付いた。 「あんなー宝物がお守りに化けたん。」 ママはふぅん?すごいねぇ?2人で手洗ってきてねーと、ゆうちゃんになぎくんをひょいとおしつけた。わかってないなあ、とゆうちゃんは、ママはあんまりかしこくないん、と黙ることにした。
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