出番が終われば退場です

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出番が終われば退場です

『はいけい 親あいのえんぺーおじさんへ。 前りゃく、おねーさんはまだおきないですか?おきたらパパに電話する約束忘れないでいてください。 雪がいっぱいだからパパのウィングは、やくたたずです。とらくんで遊びたくて行きたかったん。でも行けないから手紙にキツネさんへのお願い書きました。』 ピンポーンと呼び鈴を鳴らし門扉から雪の細道小径をのしのし踏みしめ現れたのは週2回の郵便屋さん。厚みのある封筒を受けとった割烹着姿のえんぺーおじさんは、雪の中ご苦労様です、豆煮たから持ってってー、とビニール袋の五目豆をくるりと使い捨て風呂敷で包んだ。玄関先でそんなやりとりをしている間にもふわりひらりと牡丹雪は舞い降りて門扉の前のエンジンをかけたままの配達バイクは白くなっていく。配達はうちで終わりで後は下って町に戻るだけの郵便屋さんは、鼻まで覆っていたネックウォーマーを顎まで下げて、ごちそうさんです、遠藤さんのお惣菜愉しみに来てるんすよね、とほくほく笑って配達カバンに大事に仕舞い込んだ。山裾のこの里は雪深く来てくれる郵便屋さんはいつも新人。だからどこの家でもお惣菜を渡してる。郵便屋さんがイイオトコなのももちろん大事な前提だ。 「さて、と。お茶煎れるか。」 台所で数年前の仮面ライダーがプリントされたマグカップにコーヒーの粉を入れ、座敷の反射式ストーブの上にかけたヤカンからドボドボと湯を注ぐと、そのままローテーブルに置いた。部屋は十分に暖まっていて、とらくん、とゆうちゃんが呼ぶサバトラ柄の大きな猫はテーブルの下いっぱいに寝そべっている。えんぺーおじさんはとらくんのお尻を足裏でぐいぐい押し、座布団から退かすと、よいせ、とあぐらで座る。そのあぐらに乗るか乗らないか顔をあげて迷ったとらくんは、ふわぁとあくびをしてぐぅんとのびをしてぶにゃぶにゃ文句を言いながらたぷたぷお腹を揺らして出ていった。 えんぺーおじさんは年下の友人のゆうくんの厚みのある封筒から五角形の包みを取り出して、封筒と一緒に置いた。封筒の表書きはゆうくんパパの少し角張った綺麗な字だ。宮原様方、遠藤平良(えんどうたいら)様宛で、中二階建てのこの屋敷の持ち主の“おねーさん”の名前じゃないことをゆうちゃんは知らない。もじゃもじゃ頭のえんぺーおじさんは、キツネねぇ、とつぶやき二枚目の便箋に目を落とした。キツネの声に呼応したのかするりと座敷に入り込んだ外の雪より白い狐は、手紙を読むえんぺーおじさんに気付かれないようにローテーブルに近づいて、鼻先をひくひく動かし封筒の匂いを嗅いで、長い口先でにんまりと笑った。 『お庭のキツネさんの鳥居さんに、ヤクマメ助けてってお願いです。ヤクマメは節分にヤクをかたがわりした豆さんです。海神様が食べると春の火になるん。でも豆さん食べられたくないとおれは思うんます。』 「、、、ゆうちゃん、ごめん。」 えんぺーおじさんはさっきからローテーブルの下でゆらゆら揺れる白い大きなふかふかに見えてツンツンの尻尾をぎゅむっと掴んで引き寄せた。ギャン!と抗議の鳴き声で振り返った白狐の足元に破れた半紙が散らかっていて、炒り豆が一粒転がっている。白狐が尻尾を掴む手に噛みつこうと身を翻したところで、えんぺーおじさんは素早く手を放した。 「無礼者!!」 涙目で睨み両前脚で器用に尾を抱き込む白狐の大声にえんぺーおじさんは胡乱な目を向け、畳に残った一粒の炒り豆を破れた半紙でそおっと拾いあげた。 「君ね、、厄豆だよこれ。食べちゃったのかい。、、食べて問題ないのかい?」 「問題無いわよ!!むしろ浄化してあげたんじゃない!」 「『食べられたくない』ってさ。」 転がらないように破れた半紙の上に置かれた一粒だけの炒り豆はまたローテーブルに戻される。その横をトントンとえんぺーおじさんは長い指で叩いた。ビクリと白狐は震え尾をしっかり背中に隠しながら豆と指先とえんぺーおじさんの目を見て、また豆を見つめる。 「そっ、、そんな、、そんなことっ、」 『だから、キツネさんの鳥居さんに豆さんと仲良くしてあげて、とお願いしてください。お庭に埋めたらずっと一緒でいいなぁとおれは思うんます。 あとな、パパからウィングで行けない、とえんぺーおじさんの里の雪の写真見ました。だから埋めるの春でいいです。それまで、とらくんに食べれないでみはってね。豆さんは五角形に折り紙してあります。 またお手紙します。元気でね。さようなら。 草そう』
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