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「へえ、お姉さんここの受付嬢だったんだ」
美帆は驚いているが、男はあの意地悪い笑みを浮かべている。
────一体どういうこと？ なんであの人がここにいるの？ まさか私の跡をつけてるとかじゃないよね？
「ど、どうしてあなたがここに────」
「広報の坂口サンって人と十一時に約束してるんだけど」
「え？」
「どうも、津川フロンティア代表の津川文也です。よろしく」
美帆は唖然とした。まさか、この男が津川フロンティアの来客者だとは思いもしなかった。
やはりおかしい。こう何度も出くわすなんて、何かあるのではないか。
「あの……？」
「あ」
美帆が顰めっ面をしていると、詩音がおどおどしながら様子を伺ってきた。すっかり忘れていたが、詩音はこの男────津川のことを知らない。
「あの、もしかしてお二人はお知り合い、ですか？」
「ちが────」
「そう、知り合いなんです。ね、杉野サン」
津川はにこりと笑ってカウンターに肘を付いた。
関西弁はどこに行ったのか。訳がわからない男だ。津川は一体何をしたいのだろう。知り合いな訳がない。会ったのは三度目だが、素性などカケラも知らなかった。
「そうなんですか。初めまして、杉野さんと一緒に働いてます、原田詩音です」
「原田さんね、よろしく。それで杉野サン？ 俺はどこに行けばいいんですか？」
「……か、会議室Aです。ここを真っ直ぐ言った先の突き当たりにエレベーターがあります。そこから二十階に進んで頂いて、通路の左に────」
「ああ、俺方向音痴なんですよ。悪いけど、案内してもらえますか」
「なっ」
津川は相変わらずニコニコ笑っているが、全く信用できなかった。
いい歳こいた大人が迷子になる訳がない。絶対に何か企んでいる。そもそも、今日の約束も本当かどうか怪しい。
「少々お待ちください。坂口に確認いたします」
美帆は津川を睨むと、受話器を広報に繋げた。広報の坂口に確認すればこの約束が本物かどうか分かるだろう。
『はい、広報課坂口です』
「一階総合受付の杉野です。お疲れ様です。今受付に津川フロンティアの津川様と仰る方がいらしているのですが……』
『お疲れ様です。あ、もういらしてたんですね。ありがとうございます。すぐに向かいますと伝えてください』
「え？ は、はい……」
唖然としたまま受話器を置いた。津川はまたにっこりと笑った。
嘘だ。いや、嘘ではないのか。坂口の反応を見る限りそうだ。
「案内よろしくお願いします」
追い討ちのように津川が言った。美帆は黙って立ち上がり、詩音に言った。
「……悪いけど、ちょっと案内してくるからここをお願いできる？」
「は、はい。大丈夫です」
「どうぞ、ご案内いたします」
津川を促し、カウンターの外へ出た。津川は相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべながら美帆の後ろをついて来た。
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