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第1話 おひとり様ですが、なにか?
杉野美帆、ピチピチの三十路なりたて。
華やかなパーティドレスに身を包み、シャンパンと料理に舌鼓を打つ。仕事仕様に形作られた唇で弧を描きながら心の中で溜息を漏らした。
同僚の結婚式は披露宴会場へと移り、一通りのプログラムを終えて場も盛り上がっていた。円卓テーブルでは同僚がはしゃいでいる。
しかし、美帆は気まずかった。一刻も早くここから立ち去りたかった。
本日結婚式を挙げた同僚の吉川沙織は同じ年で、同期だった。ほんの一年前までは二人で彼氏が欲しいねなんて言い合っていたのに、なんだか裏切られた気分だ。
同僚達は笑顔を浮かべ、誰もが沙織の結婚を祝っている。もちろん、自分も祝っていた。
だが、心のどこかで寂しさも感じていた。
同じテーブルに座っている同僚達は全員恋人持ち、そして既婚者だ。この中で独り身は自分しかいない。
その居心地の悪さと言ったらなかった。
「美帆、今日は来てくれてありがとうね」
各テーブルに挨拶に回っていた沙織が声を掛けてきた。お色直し用の深緑色のドレスを着た沙織はとても綺麗だ。付き合ってすぐにプロポーズされただけのことはある。
「結婚おめでとう。まさか沙織がこんなに早く結婚するなんて思わなかった。これじゃ気軽にご飯に誘えなくなるじゃない」
ちょっと嫌味っぽかったかな、と思った。悪気はない。沙織も多分分かっているだろう。沙織とは、同僚の中で一番仲が良かった。
「何言ってるの。これからも行くって」
「こらこら。旦那さん大事にしないと。新婚なんだから同僚とご飯なんて行ってる場合じゃないでしょう?」
「大丈夫だって。その辺は理解あるから」
独り身だった頃の沙織はもっとガツガツしていた。彼氏ができたらデートしまくるとか言っていたのに、いつの間にこんな余裕になったのだろうか。これが既婚者の余裕だろうか。
「それより美帆、実君の会社の人に話し掛けてきたら? 結構いい人いると思うよ」
「うーん……」
実君というのは沙織の旦那様の名前だ。穏やかそうな印象のイケメン。沙織にぴったりの好青年だ。
しかし美帆は気が進まなかった。
沙織の夫は割と大きな企業で働いている。テーブルに座っている男性方はなかなか整った顔をしていた。
だが、こんなところで一人勇んだところでがっついている女と思われるだけだ。
ひとりちびちびグラスを傾け、早く式が終わることを願った。帰ったらまだ見てないドラマの続きでも見ようと思った。
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