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「今日もブレンド?」
奥の小さいテーブルの席につくと、音もなく近くに来ていた彼が尋ねてくる。
私が通うようになってから、バイトらしき彼と年老いた店長以外、スタッフは見かけない。来る客も限られているため、彼も私のことは早い段階で覚えてくれた。彼も目の前の学校の生徒だと言っていたが、学校で見かけたことはない。
「お願いします」
頷きながら返事をすると、彼もにこりと笑って頷き返してくる。センターで分けた前髪がさらりと流れる。
綺麗だ。
無意識にそう思って、咄嗟に目を逸らす。彼は気にした様子もなく、背を向けて遠ざかる。
彼の顔は特別整っているわけではなかったが、妙に綺麗だという印象を与えた。高い背に、白いシャツと腰に巻いたエプロンが映えているからかもしれない。
彼がカウンターの奥の店長に声をかけると、程なくしてごりごりと豆を挽く音が聞こえてきた。腰のすっかり曲がったマスターは、毎回美味しいコーヒーを出してくれる。それは私がここに通う理由のひとつだ。
もうひとつは、この店内の雰囲気。
日々女子高生の雛鳥のような話し声に囲まれていると、この静けさを忘れる。笑顔を顔に張り付けて同じように大きな声を出すことに、慣れきってしまう。
ここでは、私は自由だった。鳥籠のような教室に閉じ込められている時とは違う。ソファーに沈み込むように、私が私自身の中に沈み込むことが許されていた。
店名クレオメの花言葉に相応しい。
それは心地良いことだった。
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