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十分なはずなのに、十分じゃない。
自分自身でいられるここでは、彼は私の心の柔らかい部分に触れてくる。
張り付いた営業スマイル。あれには覚えがある。私がいつも学校で張り付けているものと同じだ。嘘をついているわけではない。無理をしているわけでもない。どれもこれも自分の本心。それはよく知っている。
それでも、壁がある。それは自分自身を守るためのものでもあるだろうし、相手を傷つけないためのものでもある。
それも、分かっている。
「もう帰るの?」
「明日までの課題があって」
「ここでやっていけば良いのに」
彼は微笑んで首を僅かに傾げる。
その言葉が私を虚しくさせるのだと、分からないのだろうか。
「教材、家にあるので」
「そっか」
笑ったままあっさりと引く彼を、私は冷たいと思う。そう思うのは、私が醜いからだ。多くを望んでしまっている証拠だ。
彼は、優しい。
また来てね、と言って手を振る彼に、私は張り付けた笑顔を浮かべた。
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