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俺は猛烈に緊張していた。
人生を賭けた一世一代の大勝負を目の前にして猛烈に緊張していた。
「イチ芸グランプリ」略して「イチワン」。
誰にも真似できない、一芸に秀でた人達がその技を競い合う世界規模の大きな大会だ。
優勝賞金は百万ドル。
しかし、それだけではない。
優勝者にはお金に変えられない輝かしい栄光が与えられる。
歴代の優勝者達は、優勝後すぐ世界各国から舞台やテレビへの出演オファーが殺到し、皆大変なことになった。
イチワンの優勝者には、世界的大スターになることも約束されていた。
まさにこの大会で人生が大きく変わるのだ。
俺は死にものぐるいで戦い、勝ち進み、決勝戦まで勝ち残った。
まもなく、その最終決戦が行われる。
俺は優勝者が決まるという大勝負にまもなく挑むのだ。
だから、俺は猛烈に緊張していたのであった。
「それでは最終決戦、ラストはこの人、ヒデアキ・ハマグチヤ!」
呼ばれた。
スパンコールで星条旗が描かれた派手派手なスーツを身にまとった司会者が、ラスベガスの煌びやかなステージの真ん中から俺に「カマン!」と手招きをした。
「よし!」
俺は気合を入れた。
そしてバンッと胸を張って、決戦の舞台へと向かった。
「ヘイ、ハマグチヤ! 最終決戦を前に何か言っておくことはあるかい?」
俺を鼓舞するように司会者がハツラツとした声で尋ねてきた。
近づくと息が荒い。
百戦錬磨の司会者も興奮しているのがわかった。
それぐらいの大舞台だと今更ながら思い知って震えた。
だが俺は負けられない。
その怖れをひらりとかわしたくて俺はクールに答えた。
「イッツ・マイ・ビジネス!」
うおーっ! と観客が悲鳴に似た歓声を上げた。
「イケる! 今この舞台は俺のものだ!」
俺は優勝に一歩近づいた気がした。
「オーケー。それではハマグチヤ、今からパフォーマンスをしてもらうよ。なんでも、君はオナラで音楽を奏でられるそうだね?」
ドッ! と観客が一斉に笑った。
「で、今日はそれを見せてくれると。」
俺はサムズアップで答えた。
「それでは見せてもらおう! 世界中が驚愕すること間違いなし! ハマグチヤのオナラパフォーマンスだ!」
司会者がショーの始まりを告げると観客から割れんばかりの拍手と歓声が上がり、やがて水を打ったように静かになった。
俺はゆっくりとケツにマイクを持っていくと腹筋と括約筋をぎゅっと収縮させる準備を始めた。
何万という観客の視線が俺に集中していた。
すごいプレッシャーだ。
しかし、俺は勝つ!
そして、栄光を掴むんだ!
俺は神経を研ぎ澄ませた。
「まずは『ド』だ。オナラで『ド』の音を出すんだ。」
今まで何千回と行ったパフォーマンスの記憶を辿って筋肉の収縮具合を調整した。
針に糸を通すような作業。
観客が固唾を飲んで見守る。
やがて、その瞬間が訪れた。
筋肉の収縮具合がベストポジションを捉えた。
「ここだ!」
そう感じた刹那、俺は腹筋に全力を込めた。
バビュっ!!!
……
……
俺は『ド』ではなく『み』を出してしまった。
おわり
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