お題 バレンタイン

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お題 バレンタイン

  『料理をしない母、今日は違う』 母は料理をしない。 私が小さい頃はよく惣菜やら冷凍食品をそれらしく盛り付けたり、キャラ弁のような盛り付けをしてくれた。 だから寂しくもないし、何より食べてる私の隣で「おいしい?」と何度も聞いてくる母は食べてる私を観察し、私はその日あった出来事を話したりしたものだ。 特段 料理をしない母を意識もせずに私は育った。高校に上がった時はお弁当を友達と食べていたから家で作ってくる他のお弁当を見て、私のだけ冷食ばっかだね と言われ初めて意識したぐらいだ。 母に頼んでみた。 お弁当作りたいから何か教えて。 母は涙ぐんで、何度も謝ったのだ。 それ以来私は母にもう料理についての話をしなくなった。 さて、今日はバレンタインデー。 私は実るか分からぬ恋心に火をつけて、チョコを作ろうと試みる。 台所には 母 がいた。 そういえば、母はこの日だけは台所で調理をしていた。作っているのは毎年トリュフ。 あのキノコと同じ形だからこの名をつけられたとか。 「一緒に作る?」 母は言った。 私はちょっとムッとした。 娘の頼みは泣いて拒んだくせにチョコは作るのか。 「いい。私はもうちょっと違うのが作りたいから」 折角想い人に渡すものなら凝ったものがいい。他の子から貰ったものより少しでも目立ちたかった。 本格的なやつ。 そうスマホで検索して、手作り感もあるという理由でフォンダンショコラにした。 ...が、何度作ってもあのとろりと流れるチョコが出てこない。 駄目だ。こんなんじゃ渡せない。 今の私の気持ちと同じように生地が膨らまずに凹んだそれをビニール袋に詰める。 母はというと何か言いたげにこちらをチラチラと見てはガナッシュを冷蔵庫に入れた。 「もうやだ!出来ない!」 小さな子供のような事を言いながらまだ残っていたケーキの生地ごとボウルを流しへと入れた。 私は母に八つ当たりした。 「お母さんが料理教えてくれないからお菓子も作れないじゃない!」 けしてそんなことはなかった。 ただの八つ当たり。 だけど、母はひどく傷ついた顔で黙ってしまった。 ちょうどその時、父が帰ってきた。 台所の惨状を目に父は驚いて声を上げる。 あちらこちらに散ったチョコや粉、私は母に言ったことを父にも言った。 「もうこんな家 嫌だ。普通の家に生まれたかった。」 けして、本心で言ったことじゃない。 だけど父は私の手を引いて外に出た。 車の助手席に押し込まれ、父も隣に座る。 怒られるのは分かってる。 馬鹿みたいだと自分でも思うけど、私はその時は人生かかった大勝負をぶち壊した気で何もかも嫌気がさしていたんだ。 完全にふてくされた私に父は後部座席から包装された箱を取り出した。 「共犯になってくれ」 「は?」 訳も分からず箱を開けるとそこには可愛くデコられたチョコレート。 父はもう一箱取り出すと勢いよく口に運ぶ。 タブレットラムネの粒のようにガガッと。 その姿に愕然としながら私は後部座席を見やった。紙袋にチョコらしき箱が山のように入ってる。 「社交辞令ってのは困ったもんだ」 父は会社で沢山のチョコを貰ってきたようだ 仕事上、営業先から毎年配られるそうで 「なんで隠すの、皆で食べればいいでしょ」 そう言う私に、父は言った。 「昔から、チョコをくれってねだってたんだよ」 父が言うには母からのチョコ欲しさに周りから一つも貰えないからって言い訳をしたそうだ。父と母は幼馴染みだった。 「あと、お前は小さかったから忘れたかもしれないけど母さんは料理をしないんじゃない。出来なくなったんだ」 母は私がまだ幼い頃かかった流行り病が原因で味覚がなくなってしまったそうだ。 「それまで食べるのも作るのも大好きだった母さんは美味しいものをお前に作ってやりたくて、毎日毎日ずっと泣きながら作ってたんだよ。」 味が分からないから美味しいかも分からない ただ自分の子供においしいって言って欲しいだけだったけれど、母はひどく心を病んで 父は母に料理をさせないことにした。 朝ごはんに早く帰れる日は夕食も父が作っていた。 「チョコなら何度も作ってるし、特段入れるものも少ないから毎年作ってくれてる。 唯一作れるものを奪いたくないんだ」 父はそう言って新しく箱を開けた。 私は黙って隠蔽工作に手を貸した。 家に帰ると、台所では母が綺麗に掃除した上に私が捨てようとした失敗作を食べていた。 味覚が無く、スポンジを食べているような感触しかないだろうに母は笑って言った。 「おいしいよ」 その後、私は母にトリュフの作り方を教わり母のトリュフの仕上げを手伝った。小さなじゃがいものようなそれをデコレーションで誤魔化し、ラッピングする。 「大丈夫、心が一番のエッセンスだから」 私の心情を察して、母は言った。 参ったなぁ、ホント。 母には何もかもお見通しのようで 「パパのは二つあればいいでしょ。 お腹一杯だろうし…」 そう言い人差し指を口許に添えた。              おわり
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