十束の語る、双子の事

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十束の語る、双子の事

 ───弟達を孕み、母は狂った。  胎の中で蠢く己の子を、母は酷く厭い、怖れた。父によれば、私が胎に居た頃は胎動に喜び、幸せそうに笑んでいたという。  子を孕んだ女人が暫し神経を持ち崩すのは珍しくはないが、母のそれは常軌を逸していた。日増しに大きくなる腹に怯え、包丁の刃を向けるに至り───座敷牢にて監置されることになった。窶れた母の腹は、それでも膨らんでいた。  そして月日が満ちれば、母の意思に関わらず産まれるものは産まれる。  そうして産まれたのが、羽々斬と布都だ。  彼らは───少々変わっていた。  小さな紅葉の手、足には、それぞれ六本ずつの指が付いていた。手と足の指を揃えて数えれば、二十四。二人合わせれば四十八。素直な黒髪と癖のある白髪が小さな頭に同居している。  兄の羽々斬(はばきり)は、右の目が白鼠、左の目が黒紅。  弟の布都(ふつ)は右の目が黒紅、左の目が白鼠。  将来はさぞかし見目の良い男子に育つだろうと、思わせる顔立ち。可愛いと、私は思った。しかし母は乳をやるどころか触れもせずに、言った。  ───この子らは、人を食うた。  歯も生えない赤子が、人を食らったと、母は心から怖れていた。愈々、神経が細くなり、結局母は、弟達の誕生後、数年もしないうちに亡くなった。  弟達は病弱ではあったものの、無事に年を重ねていった。  あにさま、とつかのあにさまと慕ってくれる彼らは可愛いもので、母の情を知らないことを思えば、一層に可愛く思ったものだった。  ある日彼らはこっそりと、内緒話として私の耳に囁いた。 「あにさま。僕達はかあさまの胎の中で、もう一人を食べたのですよ」 「十束(とつか)のあにさま。ほら、この指、この髪、この目。そのもう一人のものなのです」  そしてほら、と彼らは自身の腹を押さえ、笑った。それはもう、咲き乱れる花のように。 彼らが来ている白藍の単、その股からじわじわと朱が滲み、広がっていった。何処か怪我でもしたのかと目を剥く私に、彼らは、 「もう一人、は女子だったのです。僕達の腹の中に、ほら、いるのですよ」  ───初潮の血だと、そう、言った。  彼らには女の胎と血の通り道があると、医者もまた驚き戸惑いながら、診断を下した。  ───狂い、座敷牢で命を終えた母の言が思い出された。  ───この子達は、人を食ろうた。  誰かに母のことを聞いたのかもしれない。  母の戯れ言、戯言を聞いたのかもしれない。  そしてそれを真と思い込んだのかもしれない。  私は訊いた。 「───旨かったか」  彼らは眉を下げて困り顔になり、しかし夢見るような笑みを浮かべた。 「分からないのです。でもね、あにさま。僕達はずうっと、一緒なのですよ。きっと、とても、幸せな味がしたのでしょうね」  彼らの片手を取る。  白く細い手。  当然とそこにある、六本目の指。  そこにはもう一人が棲んでいる。  
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