愚者とナイフ

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 久しぶりの稽古は予想以上に過酷だった。  発声練習や演技はもちろんのことだが女性としての立ち振る舞いの練習がなによりも難しい。「今回はあんた目当てで来るお客様もいるんだから!」と姐さんたちからスパルタ教育を受けており、日常、稽古問わず姐さん達といる間はずっと見張られている。  今日も昼ごはんを食べているときに姐さん達に見つかって食器の持ち方や座り方、全部に指導が入ってご飯を食べ終わるのが休み時間ぎりぎりになった…。  晩ごはんは落ち着いて食べたいなぁ…。魚、魚食べたいな。と想像にふけっていると今日の稽古の終了の合図が上がる。まだ、予定よりも早いはずだけど。  少し早めに切り上がったことに疑問を持ちながら各々が片付けに入り、帰る準備を始める。 普段より早めに帰れるからか元気があり、普段よりも効率よく帰り支度が済んだ僕達に「まだまだ練習ハードにできそうだね」と不敵に笑う姐さん頭を必死でごまかしてから裏口に向かうと友人が待っていた。 「よう!この後一緒に晩飯いこうぜ、まだお前の役者復活祝もしてなかったしさ」  役者の先輩たちよりもまだまだ元気に満ち溢れた友人が僕の肩に手を回し、僕の返答も聞かずに急かしてくる。  友人は昔からの馴染みで誰よりも僕のことを知っているから僕の今回の件を誰よりも、そう、まるで自分のことかのように喜んでくれていた。 「いいけど、僕今日魚の気分だからな。それと姐さん達に見つからないところがいい」 「おっけー、まかせろ、この前ここからちょっと離れたとこでいい店見つけたんだ」  「そこ、高いところじゃないだろうな」ときらきらと目は輝かせているが若干守銭奴気味な友人を連れて僕達はまあまあの金額がする魚のうまい店へと向かった。
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