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薪ストーブ
3か月後と4か月後が締め切りの 大きな4つの公募展に向け 私は今 4枚の油彩画を同時並行で書き進めている。
そのうち この地域の『夏の森』を抽象的に表現した作品と 『秋の森』を写実的に表現した2枚は 内心 賞を狙えるのではないかと思う自信作だ。
『冬の森』『春の森』を描いた2枚は ありきたりな描写で 今一つ面白みがない 凡庸な作風であった。
だが その2枚は 誰かが加筆したことで 今までとは見違えるほどの輝きを帯び 私の心まで明るく照らした。
その夜 私は『秋の森』の仕上げに夢中になっていた。
夜半過ぎ 何だか寒いと思ったら 薪ストーブの火が消えかけている。
この家を借りることに決めた時 家の持ち主である60代位の木村正和さん から ストーブについて こんな説明を受けた。
一階は 最新式ペチカ型 薪ストーブである。
薪は 裏の小屋に 5年分以上積んである。
薪が なくなるまでは このストーブを使用するといい。
二階は 手軽なFF式の灯油ストーブである。
灯油は 業者が勝手に補充して回るので 請求金額を支払うだけ。
なお 二階のFFストーブの排気口まで雪が積もることは 一般的には考えられないが 万が一 雪が凍り付いて 排気口が塞がれると 一酸化炭素中毒で死亡する可能性がある。
猛吹雪の夜などは その点に 十分注意するように。
木村さんは 札幌市内で仕事をするため ここを離れるのだと言った。
家の外装は昭和時代のままだったが 内装はあたたかく頑丈にリフォームされ 生活する上で 申し分のない環境だった。
いつもは ある程度 部屋の中に薪を運び入れておくのだけれど その夜は 気がつくと 薪のストックがなくなっていた。
窓の外は また しんしんと雪が降っている。
しょうがない。
裏の小屋まで 薪を取りに行こう。
そう思ってダウンジャケットを着こみ 帽子をかぶり 手袋をはめ 玄関まで行くと おや どういうことだろうか。
玄関ドアの内側に 今日明日 燃やす分くらいの薪が 山積みになっている。
しかも 玄関の前を ザクザクと除雪する音が聞こえていた。
あの男の人だろう。
こんな夜中に あの人の家は この近くなのだろうか。
私は 勇気を出し 玄関のドアを開けた。
今度こそ
『あたたかい ココアでも 飲みませんか?』
と 声をかけようと思った。
だが 玄関から見える範囲に 人影はなかった。
ただ 玄関前から公道までの5メートル程の道は きれいに除雪されていた。
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