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第一話 上司
朝、目が覚めて目覚まし時計を確認する。時計の針はちょうど七時を指していた。
「会社、行かなきゃ」
まだ眠い目を擦りながら洗面所に向かい顔を洗う。着替えを済ませながら家を出て駅に向かった。
「湊先輩、おはようございます」
駅のホームで電車を待っていると会社の後輩、岩崎結菜さんに声をかけられた。
「うん、おはよう。岩崎さん」
「今日も湊先輩は眠たそうですね。そんな顔をして会社に行ったら、笹倉さんにまた怒られちゃいますよ」
笹倉凛さんは僕よりも三年早く会社に就職した女の先輩で上司にあたる人だ。そして、いつも何処か苛立っていて僕を見つけると説教をしてくる怖い人だ。
「はは、そうだね。気をつけないと」
そんな話をしていると電車が到着してとても混んでいる車内の中に無理矢理体をねじ込んだ。
「扉が閉まります。ご注意下さい」
アナウンスの後に電車の扉は閉められ車内の中で岩崎さんと体を密着させるような状態になってしまった。
「ごめんね、岩崎さん。僕、なるべく体とか触らないように気をつけるから」
「良いですよ、仕方ないですもん。それに、湊先輩ならオーケーです」
岩崎さんは僕の事を見上げるように見ると笑って見せた。今日も岩崎さんは可愛いなと思っていた。
「……いってえな、足踏むなよ」
「あ、ごめんなさい」
そんな時急に電車が少し急ブレーキをして体がふらついてしまい、隣に居た少し不良っぽい見た目十代の男の人の足を踏んでしまった。
「こんなに混んでるんだから仕方ないですよね。湊先輩は悪くないです」
「ありがとう。でも、足を踏んでしまったのは事実だから」
自分の代わりに怒る岩崎さんをなだめるようにそう言った。
二十分後、会社の最寄り駅に到着してやっとの思いで出社した。
「おはよう、陸」
「おう、おはようさん」
先に出社していた同期の藤原陸に声をかけ自分の席に座る。
「先輩方、おはようございます」
「雨宮くん、おはよう」
岩崎さんと同期の雨宮裕真くんが眠たそうにあくびをしながら出社してきた。
「結城先輩、今日も行きましょうよ」
雨宮くんのお兄さん、智紀さんはカフェ織の経営をしていて、ちょうど会社から近かったからよくお世話になっていた。
「良いよ」
「んじゃ、定時に上がったらそのまま直行と言う事で」
雨宮くんはそう言うと僕の前にある自分の席に座った。
「ねえ、陸も行こうよ。雨宮くんのお兄さんの淹れる珈琲は美味しいよ」
「珈琲飲めねえんだって。匂いも嫌だ」
陸は珈琲が大の苦手だった。
そんな話をしていると笹倉さんが難しそうな顔をして出社してきた。
「みんな、おはよう。先月の営業成績が出たから発表するわ。トップは藤原陸。よく頑張ったわね。最下位は結城湊。先々月も最下位だったわよ。もう少し頑張ったらどうなの」
「はい、すみません」
僕がそう返事をすると、へらへらしないと注意された。自分ではへらへらはしているつもりはなかったのだけれど、どうやら笹倉さんから見た僕の顔はそう写ってしまったらしい。
「ごめんなさい」
今度はなるべく顔の筋肉を緊張させて返事をした。
ー続くー
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