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カラオケショップの一室。
大きな笑いが響く。
七瀬と十人の女子生徒が盛り上がっていた。
女子生徒たちはソファにリラックスして座っている。
ソファの前には大きなテーブル。
テーブルの中央にはサンドイッチの大皿。ドリンクの入ったグラスがあちこちに置かれている。
女子生徒の足元にはチョコレートが詰め込まれたトートバッグ。
「一馬ってサ。よく美景さんの言うこと聞いたね」
「バイトやってること報告すると言った。
色々言い訳してたけど、報告されたら学校から処分だから。
チョコレート踏みつけることとか話したらすごくイヤがってたけど!」
「美景さんってコワイ・・・」
「一馬が学校のルール破るからだよ。
もうこの話はやめよう。
それより!」
チョコレートのトートバッグに目を向ける。
「明日のバレンタイン忙しいな」
「十四日が土曜日なんてサ」
「部活来るヤツにはそのとき、渡せるけど・・・」
「それ以外はどうする?」
「考えたけどサ」
会話が途切れた。
ドアがスーッと開く。
すぐにスーッと閉められた。
部屋中に変な臭いが漂う。
ドアの前に彩香が立っていた。
ドアにピッタリ背中をつけて・・・
チョコレートを胸に抱き、片手に二リットルのペットボトル。
髪も服もなぜかビショビショ。
床がたちまち濡れていく・・・
涙で髪も服もビショビショになったとでもいうのだろうか?
「みんなの言うとおりにする」
彩香の落ち着いた声。
「早くみんなの言う通りにした方がよかった。
生きてたってしかたないし・・・
だけどね。
一馬くんのことが心の支えになっていた。
バレンタインに一馬くんにチョコレート渡したら何かが変わると思った。
何かが・・・
でも一馬くんも、みんなと一緒になって私を・・・」
彩香の言葉が詰まる。
首を大きく振る。
ペットボトルのフタを開けて中身を床にぶちまける。
「何、これ?」
「灯油?」
女子生徒たちは真っ青。
どうして彩香がびしょぬれなのか、やっと分かったのだ。
今では七瀬まで、歯をガチガチ鳴らしている。
彩香はニコリとする。
グチャグチャになったチョコレートを掲げる。
「お母さんが・・・
お父さんの代わりに一日中、夜遅くまで働いているお母さんが・・・
材料全部揃えてくれた。
私のために・・・」
彩香はチョコレートに向って頭を下げた。
「お母さん、ありがとうございました」
マッチ箱を手にする。
マッチ棒の先がスッと・・・
「さよなら」
キャーーーーッ
一瞬、悲鳴が響き渡った。
一瞬、部屋が炎に包まれた。
炎に包まれ、彩香がドアのところに立っていた。
女子生徒たちは逃げられなかった。
四方から近づいてくる炎の中で泣きじゃくっていた。
「助けて!」
「許して、彩香!」
炎に包まれ、彩香がドアのところに立っていた。
ニコニコ笑っていた。
大きな笑い声も聞こえた。
だけれど・・・
よく聞けば泣いているようだった。
溶けたチョコレートが彩香に降りかかった。
彩香は決して動かなかった。
警察の現場検証は困難を極めた。
遺体は黒焦げになった上に、溶けたチョコレートに全身を包まれ甘い香りが漂っていた。
のっぺらぼうの頭部と胴体、手足。
チョコレートの茶褐色に甘い香りのチョコレート人形が何体も転がっていた。
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