3

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

3

 二月十三日の放課後。  最後の放課後を迎えた彩香は学校の裏門の近くまで来た。  裏門の近くの大きな樫の木の下。  めざすカレがいた。  樫の木のそばには大きな倉庫。  彩香は放課後、全力疾走で自宅に戻った。  ピンクの包装紙に赤いリボンを結んだ大きな箱をトートバッグに入れた。  中には心のこもった手作りのハート型チョコレート。  彩香は自転車に乗ってあわてて学校にトンボ帰り。  (一馬(かずま)くん。待ってるだろうな。  ごめんね。私のせいで帰れなくて!)  一生懸命、ペダルを漕ぐ。  (ずっといじめられてた私に・・・  一馬くんひとりだけ優しかった。  声かけてくれたし、ぼっちの私と一緒にお弁当食べてくれた。  授業の前に教科書取り上げられて困ってた私に、どこからか借りてきてくれた。  同情だって分かってる。  私のこと、好きなんかじゃないって分かってる。  だけど私・・・  一馬くんのこと・・・)  彩香は自転車通学を認められてはいない。  学校の裏門の外にある森に自転車を隠した。  そのまま、あわてて裏門から学校に入った。  一馬のもとに急ぐ。  「高蔵さん」  一馬が優しく声をかける。  「待たせて本当にごめんなさい」  「気にしないで!  高蔵さんが俺に用があるって、美景さんから聞いたけどなんだった?」  「あのね。これを!」  差し出されたチョコレート。  彩香は恥かしくて目を閉じている。  だけど何の返事もない。  チョコレートはそのまま手の上。  そっと目を開ける。  そこには一馬の不機嫌な顔。  「どういうこと?これ!」  「あの・・・バレンタインだから私・・・」  思いがけない一馬の反応。  彩香はキョロキョロ左右を見回す。  そしてもっと思いがけない反応が!  「今日、二月十三日だよ。  それくらい知ってるだろう!」  一馬の舌打ち。  彩香の表情が一瞬で真っ青になる。呼吸が速い。  体が左右に大きくぐらつく。  「だいたい今日、十三日の金曜日だろう。  何のマネだ。  俺、こんなイヤガラセされるような覚えないよ。  ふざけんなよ」  彩香の両目から一気に涙がこぼれる。  勇気を出して一歩前に進み出る。  心をこめて、もう一度チョコレートを差し出す。  「違うの。私・・・」  「十三日の金曜日。地獄からのプレゼントか!  いらねえよ」  チョコレートが地面に叩きつけられた。  一馬の靴に踏みつけられ、三時間以上かけてつくったったチョコレートが泥まみれになった。    「ごめんなさい。ごめんなさい!」  彩香は自分のチョコレートがグチャグチャになるのを見て泣き崩れた。  泣きながら涙と一緒に「ごめんなさい」を繰り返した。  気がつくと一馬の姿はなかった。  ハハハハハハハハハ  笑いの合唱が響き渡る。  合間に言葉が入る。  「バーカ!」  「キモ女!」  「地獄の使者!」  「ゾンビー・タカクラ」  七瀬をはじめ、クラスの女子生徒二十三人が集まっていた。  男子生徒も十人近くいる。  今まで倉庫に隠れていたようだ。  美景七瀬が前に進み出る。  彩香を指さし、さわやかに呼びかける。  「十三日の金曜日にチョコレートをプレゼントして見事赤点を取った高蔵彩香さんに大きな拍手!」  大きな拍手に口笛。  あちこちから石が投げられる。  彩香は黙って下を向いていた。  拍手が終わる頃。  グチャグチャになったチョコレートをそっと拾って胸にしっかり抱きしめた。  母親の言葉を思い出す。  「材料、お母さんが揃えてあげる。うまくいくといいわね」  母親のあたたかい笑顔を心に浮かべる。  それから涙でベトベトになった顔でクラスメイトを見回した。  何も言わずに裏門に向かった。  「さようなら」  「キモチ悪いんで死んでください」  「もう学校に来ないで」  見送りの言葉が飛び交う中・・・  彩香の姿は見えなくなった。  二度と学校に現れることはなかった。    
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!