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薔薇の花束
何者かに数撃の打撃を入れられて、その先からは大したことはなかった。鎧は砕け、所々出血も見られる僕は、それでいて平静を保てていると自負していた。塗り固められた笑顔の裏で、せせら笑う声が聞こえてきそうで、ポケットからコードの絡まったイヤホンを取り出した。もつれる指先が未だに解けきれない緊張を表しているようで、そんな自分を少し客観視しては、また耳まで赤くなるのを感じた。
2018年12月24日。最愛の人にプロポーズを断られた。星の出ない夜の港は、風もないのに冷たく空気を刺して、僕の露出した肌という肌を撫でた。着込んだインナーの襟をくぐって、少し毛玉のできかけたウールのコートの袖の中へ入り込んできた。
君はとてもさっぱりとしていた。今となって思い出せば、美化とも誇張とも取れてしまう言葉に、次の言葉が出てこなかった私が悪いのであって、そこまでの覚悟はなかったのかも知れない。人を好きになることに対して覚悟が必要かどうか、僕には分からない。それでも確かに胸の鼓動は高鳴っていたし、君といる時は楽しかった。目一杯の気持ちも伝えてきたつもりだった。決定打になりうるものに欠け、ドローとも言えない無様な僕の姿を、世論やマスコミは取り上げることもなく、1人寂しく抱えて、また僕は生きていかなければならない。
次。という言葉は出てくるのに、その順番に辿り着くまでに、また暗いトンネルのような洞窟のような入り口に立つことが、そこに足を踏み入れることが、怖くて仕方がなかった。
薔薇の花束は未だに受け取られる準備をしている。首を垂れて、僕の靴を見つめながら、何を落とすでもなく、ただじっと待っていた。赤色が街の空気に溶けることもなく、僕の心から流れ出た血のような色をしている気がして、クラクラとした。
コインパーキングの自販機横に、蓋の取れたゴミ箱を見つけた。未だに僕の顔色すら伺わない花束を投げやり、車の中に乗り込んだ。
座席に深く腰掛けた途端、緊張の糸が解け、私は泣いてしまった。成人をゆうに超えた男性が、時折漏れる声を袖で殺しながら、ひたすらに涙を溢してた。戒めのように、刷り込むように、様々な思い出や記憶を浮かばせては沈めた。
雫が溢れるのが止まった頃、私はそのまま眠りについてしまった。
12月の車内は相変わらず、シンと冷たかった。
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