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身売り
マリが売られたときの話をしよう。
当時のマリは14歳。両親はなく、貧民屈で辛うじてゴミ拾いをして日々糊口をしのいでいた。
真冬のある日、いつものように早朝から街へ出て、日が暮れるまで背中に形の崩れた籠を背負い、真っ黒になった軍手をはめて屑もの拾いをしていたマリの腕を、背後から誰かが掴んだ。
マリは身構えながら素早く振り向いた。野生の子ネズミみたいな動作だ。行きずりに殺されたり犯させたりする女は多かったし、その手は明らかに力の強い男のそれだった。
振り向いたマリの目の前に立っていたのは、まだ若い男だった。この寒いのにTシャツ一枚で、その襟首や袖口からは極彩色の彫り物は覗いている。刺青もそうだがその剃刀みたいな目つきが特に、明らかに堅気ではない。マリはますます体を硬くした。
「ゴミ拾いじゃ大して金になんないだろ。」
と、男が言った。体中を緊張させているマリは、なにも答えなかった。
男はマリの腕を解放すると、ぎこちなく微笑んで見せた。それはどこからどう見ても笑いなれていない男の表情で、逆にマリをさらに頑なにさせた。
「俺にもあんたくらいの妹、いたんだよ。もう死んだけど。」
男はぎこちない笑顔のまま、これまたぎこちなく言葉を重ねた。
「稼げる商売紹介するから、こいよ。」
こんなやり方で、この男は女を確保できているのだろうか、と、マリはいらぬ心配をした。ストリートチルドレンを15年近くやっていれば、男がどこぞの女衒であることくらいは察しが付く。ただ、飛び切り身なりを悪くし、一目では男か女かも分からなくしているマリにわざわざ声をかける女衒は、かなり珍しかった。
「……妹、どうして死んだの?」
どうせそれだって嘘だろう、と考えながらマリが問うと、男は静かに目を伏せた。その眼差しは、静謐だった。神に祈ることだけで生涯を終える修道士のように、芯から透きとおっていた。それは、マリをたじろがせるくらいに。
「自殺だよ。」
「……そう。」
だからマリがその男について行ったのは、男を信用したからでもなければ、稼げる商売に関心があったわけでもなく、その目を見てしまったことへの妙な罪悪感というか同情心の方がメインだったのだ。
少なくとも男がそんな目をしなければ、マリは男の手を振り払ってゴミ拾いの仕事に戻っていたはずなのだから。
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