どうせなら幽霊を見たいと思っているのです

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 「一体幽霊はどこへ行ったんでしょう。私が寝落ちしたタイミングも分かりません」  納得いかな顔でそう言いながら、そいつは言った。    少し肌寒い夕暮れ時。  こいつの家はそう離れてはいないらしい。 「馬鹿じゃねえの。タイミングが分からないのが寝落ちじゃん」 「そうですけど……。ていうか森山先輩が覚えてるなら教えてくださいよ」  その人間性を疑うような目をやめろ。  何でこんな奴を家に上げちまったんだろう。  でも、そのおかげで俺があの幽霊から解放されたのは事実だ。  こいつがクローゼットを開けた時、隙間から黒いゆらゆらとした霊体が飛び出てきた。 「とりゃ!」  今まで霊体はちゃんと人の姿をしていたのに、こんな黒いものは初めて見た。 「やっぱり見えない」  いやいや窓にいるだろ。何で見えないんだ。幸せな体質しやがって。 「お、お前なあ。勝手に人ん家のクローゼット開けんなよ」  刺激しない方がいいと思い、俺は霊の変化に動じていないふりをした。 「そこにいるんですね」  だが、どうしても目を離すことができず、自称霊能者の小娘にばれてしまう。 「女の人ですかね」  気取った調子でそんなことを言い出した。   「お前まじで黙れ」  確かにこの前まで女の姿してたけど、今そんなこと言うのは危険だって。 「婚約者に裏切られて、耐えられずに自殺。その婚約者に森山先輩が似てるから居座っちゃっているとか? なんて、私の妄想なんですけどね。あはは」  どうしてこんな能天気でいられるんだ。見えない人間はこれだから困る。  って、ええ!?  めっちゃ霊体が頷いてる! そんな感じのモーションしてる!  驚いたのも束の間。  黒い霊体は素早い動きで能天気女の方へ飛んでいった。 「おい! 気を付けろ!」  そう言い終わるよりも先に、霊体は能天気女の体の中へと入って行ってしまった。 「う、うう」  能天気女は立った状態のまま、両目を瞑って呻き出す。 「お、おい? 大丈夫か?」  俺は恐る恐る声を掛ける。  すると、 「う……浄化され、る……」 「……」  うわ。乗り移られてるよ。  どうすりゃいいんだこれ。  いや待て。浄化? 「どういうことだ?」  俺は恐怖を振り払い、霊に聞いてみる。 「この体、借りやすい。門、ずっと開いてる。無念晴らしてしてもらおうと思った。でも、浄化の川、体内に流れてる。このまま成仏できる」  霊はガラガラの声で、途切れながらにそう伝えてきた。  何言ってんのか分かんねえ。  もう一度詳しく聞こうと、俺は口を開く。  だがそれは叶わず、能天気女の体から急に力が抜け、そのまま俺の方へと倒れ込んできた。 「おい!? あ、しまった」    慌てて抱きとめたせいで、能天気女の首筋に空いていた方の手も触れてしまった。  だが、肌はくっつかない。  もう片方の手も解放されている。  能天気女はいびきをかいて寝ている。心配なさそうだ。  幽霊の姿は、もうどこにもない。 「除霊、できた?」  良く分からないが、解決したようだった。 「先輩?」 「……何だよ」 「着きました。私の家です」  いつの間にか、能天気女の家まで着いていたらしい。 「ありがとうございました。ここまで送っていただいて」  能天気女の表情はどこかがっかりしている。    他の女だったら、俺と離れるのが辛くて悲しむところだってのに、こいつは多分そうじゃない。  結局幽霊が見れなくて落ち込んでやがる。 「それじゃ」 「おい」 「はい?」 「弟子にしてやってもいい」  何故自分がそんなことを言ったのか、全く理由は分からない。  でも思うに、不可解なことが多かったせいだ。  幽霊の言ったこともそうだし、こいつの能力についても謎だ。  それが気になるだけだ。 「ほんとですか!」 「明日から俺を迎えに来い。遅刻は許さねえぞ」  それに、また幽霊に付きまとわれた時に、こいつと知り合いなら便利だ。 「ありがとうございます師匠!」  どでかい声でそう言う能天気女。  いや、 「お前、名前なんて言うんだよ」  明日からは名前で呼んでやることにしよう。
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