どうせなら幽霊を見たいと思っているのです

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 「ここだ」  先輩の家は一軒家。  ご家族は今は誰もいないようです。 「お邪魔します」  先輩は私に構うことなく一人二階へ上がって行きます。   「ここが俺の部屋」  先輩が部屋の扉を開けます。 「もう一か月も居座ってんだよ」  先輩の部屋はとても片付いています。  と言うより、そもそも物が少ないのでしょう。  ベッドに、勉強用の机。そして参考書が並べられた小さな本棚。  クローゼットがあるけれど、部屋に置かれている家具も必要最低限。 「趣味とかないんですか?」 「ないな」  即答されてしまいました。 「で、どうすればいいんだ?」  先輩はベッドに腰かけ、ネクタイを緩めました。ブレザーを脱ぎ、ベットの端へと投げ置きます。  何の話でしょうか。 「除霊だよ。方法知ってんじゃないのか?」 「え、できませんよ?」 「……はあ? 何でだよ」  先輩は目を見開いて不機嫌な声を出しました。 「え、できるって言いましたっけ?」 「だって、協力するっていっただろ。連れてくる条件で」 「もちろん協力しますよ!」  私の意気込んだ返事に、先輩はうなだれてしまいました。  テンションが合わないようです。 「で、どこにいるんですか?」  先輩は遂に頭を抱えてしまいました。  幽霊が迫ってきているのでしょうか。辛そうです。 「先輩? 大丈夫ですか?」  霊のせいで冷たくなった知り合いの末路は知りません。  私が話を聞いてすぐ、皆私のそばから離れていくからです。  私の聞き方が良くないのでしょうか。  やはり人に嫌われる性格なのでしょうか。 「森山先輩?」  私は頭を抱えたまま顔を上げない先輩に近づきました。    顔を覗き込もうとした時です。  突然先輩は私の手首を掴んでベッドに私を押し倒したのです。 「何だよお前。やっぱり俺目当て? 俺が幽霊に悩んでること利用したわけ?」  ベッドに仰向けになった私を見下ろす森山先輩の目は、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えます。    でもそんなことより。 「痛い痛い痛いですって先輩!」 「は? いや、え?」 「引っ付いてる引っ付いてる!」  先輩のコールドハンドが私の手首にぴったりとくっついてしまいました。 「ま、また接着剤か?」 「え? いやいやいや、それ嘘ですよ?」 「は? ならこれは一体……」  とりあえず私と先輩は起き上がってお互い落ち着くことにしました。  しっかり落ち着いた上で、私は自分の霊能力がどんなものなのか話しました。  もちろん先輩も、自分の霊感について話してくれました。 「つまり、幽霊は見えないんだな? 除霊もできないんだな? ただ、幽霊に取りつかれてる人間が分かるだけなんだな?」  先輩は残念そうに質問を繰り返しました。  でも、私だってがっかりです。 「先輩も、幽霊が見えるだけで、除霊はできないのですね」  先輩が冷たい理由。  それはやはり、ただ幽霊の影響を受け過ぎただけのようです。  私もとんだ早とちりをしてしまいました。  先輩は、除霊をしてほしいという意味で、”手伝え”と私に言ったようです。  つまり私は、先輩から除霊を習うことはできないということです。  まあ、除霊したいというよりも、幽霊を見たい気持ちの方が大半を占めているのですけどね。 「でも、約束は守れよ? 協力しろ」  先輩は私を睨みつけながらくぐもった声で言いました。 「もちろんです。もしかしたら一緒にいるうちに、幽霊を見れるようになるかもしれませんし」  私はめげません。絶対幽霊を見てやります。 「ところで、先輩を苦しめている幽霊はどこに?」  私はワクワクを必死に隠してそう聞きました。 「お前……。人の悩みをそんな嬉しそうに聞き出そうとするなよ」  先輩はもしかしたら感情を読む力があるのかもしれませんね。 「クローゼットの中だ。一か月前、窓から入ってきた。一回だけ出て行ったんだけど、また戻ってきてずっとクローゼットに籠ってる」  先輩は蒼白な顔で静かに語った。 「じゃあそのクローゼット開ければいるんですね!」  私は我慢できずにクローゼットへ向かった。 「おい! お前軽率な行動を」  片手同士が繋がっているせいで、先輩も来るほかありません。 「とりゃ!」  クローゼットにあるのは洋服だけ。  霊の姿はありません。 「やっぱり見えない」  がっかりです。 「お、お前なあ。勝手に人ん家のクローゼット開けんなよ」  そう言う先輩の視線は私ではなく、窓の方へくぎ付けになっています。 「そこにいるんですね」  私はクローゼットを閉めて先輩と同じところを凝視した。 「女の人ですかね」  直感でそんなことを言ってみたりします。 「お前まじで黙れ」  先輩は明らかに怯えた目をしています。  幽霊は見慣れているはずなのに何故でしょう? 「婚約者に裏切られて、耐えられず自殺。その婚約者に森山先輩が似てるから居座っちゃっているとか? なんて、私の妄想なんですけどね。あはは」  私は凄腕霊能者っぽくつらつらとでたらめを述べました。  霊が怒って襲ってきたらどうしましょう。  いや、好都合ですね。是非私の家に来てほしいものです。  もう少し刺激してみましょうか。 「おい。起きろ。夕方だぞ」 「……へ!?」  刺激する間もなく、気が付くと私は森山先輩のベッドの上に寝転がっておりました。  窓の外は既に薄暗くなっております。 「い、いつの間に!?」  いつどのタイミングで私は眠りこけてしまったのでしょうか。 「ほら。送ってってやるから準備しろ」  先輩はぶっきらぼうにそう言って、私の手を取り、ベッドから起き上がらせました。  先輩の顔色はとても良好です。  しかも、先輩の体からは既に冷気は放たれておらず、私の手を握る手も、とても暖かいものになっていました。  除霊は成功しているようでした。 「お邪魔しました」  そしてその日。  理由は分かりませんが、先輩は私を弟子として認めてくれたのでした。  
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