どうせなら幽霊を見たいと思っているのです

1/4
前へ
/4ページ
次へ
 私は霊能力者です。  でも、幽霊は見えません。  幽霊の影響を受けている人間が分かります。  そういう人は冷気を放っているのです。  もしかしたら霊気なのかもしれないけど、確証はないし、実際にそれは冷たいので、冷気と呼んでいます。  冷気は気体になったドライアイスのような見た目をしています。  実際にその人の肌に触れると、本当に冷たいのです。  たまに皮膚が引っ付いてしまいます。  その引っ付き具合は、霊からの影響をどれ程受けているかに比例します。  そして、 「あいたたた!」 「え、何あんた」  ここまで全く手が離れないのは初めてです。  廊下でうっかり見知らぬ男子生徒の手にぶつかってしまいました。  よりによって、幽霊と関わりある人のようです。 「あなたこそ何でそんなに……ハッ」  いけないいけない。  私に妙な力があることは秘密でした。  小学生の頃は人助けをしていましたが、霊を信じない子からはこっぴどく虐められたものです。  だから中学では大人しくするつもりで、入学早々やらかすつもりはなかったのです。 「あんた、新入生? 早く離してくんない?」  入学式が終わり、解散を言い渡された後。  特に友達も出来なかったので、校舎内をぶらぶらしていました。 「何でもござらんのです。気にしないでください」  廊下で追い抜かれる際に手が触れてしまったので、相手の感覚的には、私がいきなり引き止めたようになっているでしょう。 「何だその話し方。何でもないなら離せよ」  青の線が入った上履き。  三年生です。 「しばしお待ちを。体温を上げますので」 「は? 何言ってんの? 頭おかしいの?」  目の前の先輩は、恐ろしく冷たい。物理的に。  相当霊と接触しているのでしょう。  前髪で少し隠れたその顔は、所謂イケメンの部類で、中々に整っています。  ネクタイはしっかり上まで絞められており、シャツもズボンに仕舞われています。  優等生なのですね。  まあそんなことはどうでも良いのです。    ここまで引っ付いてしまうと、無理やりひっぺがすことはできません。痛すぎます。 「体温を上げれば痛みを緩和できるのです」  どうにかして体温を上げる必要があります。  先輩を解放してあげなくては。現にかなりイラついているご様子です。 「何。俺に遊ばれたいってこと?」    ですが突然。苛ついた雰囲気から一変して、先輩は空いている方の手で私の肩を掴んだのです。  壁に押し付けられる私の背。  先輩が間近で私を見下ろしています。 「緊張しすぎて変な態度取っちゃった?」  前髪から覗く先輩の目は妖しく細められ、口元は妖艶に弧を描いています。  私の肩に置かれていた先輩の手が、徐々に私の顎へと近づいてきました。 「あ、引っ付くんでそこまででお願いします」 「は?」  距離近すぎて凍えそうです。  早く体温を上げて、この先輩からおさらばしないと。 「これから私の恥ずかしい話を披露するので聞いてください」 「は、え?」  先輩は困惑した顔をして、私の体から離れます。  でもやはり手はくっついたまま。 「私が幼稚園の頃です」 「あ、うん」 「桜餅の葉っぱを食べれるのがかっこいいと思ってました。おやつに出た時、クラス全員分の葉っぱを強がって食べてました」 「……」 「その後も好きじゃないのに卒業するまでずっと皆の葉っぱを食べてたのです」  私の話に、先輩は心底哀れむような顔をしました。きっと同情してくれているのでしょう。 「お前まじで何なの? 俺これから図書館に行くんだけど」  あまり恥ずかしくなりませんでした。  冷たい目で私を見下ろす先輩。不機嫌な顔つきへと戻ってしまっています。  私は試しに自分の手を引っ張ってみました。最初よりは剥がれてますが、指先がぴったりとくっついています。 「あ? なんだこれ。接着剤か?」  私が掴んでいないことに気付いてくれた先輩は、眉を歪めてまじまじと私の指先を見つめます。 「一体どうなってんだ?」 「幽霊の影響をもろに受けている人は、まるでドライアイスなんです」 「幽霊?」 「あ」  やらかしました。  私は幼少の頃から口を滑らせやすい性格なのです。  また私の変な噂が流れてしまいます。中学生活も、一人で過ごすことになるのでしょうか。  どうにかしてごまかしたいのですが、口下手なのも悩みの一つでありまして、上手い言い訳が思い浮かびません。 「というのは冗談でありまして、接着剤の強度をはかるため実験をしていたのですが」 「まさかお前も幽霊が見えるのか!?」  動揺を悟られないように真顔で弁解をし始めた私の言葉を遮って、突如先輩は期待を持ったような顔で詰め寄ってきました。 「いいえ。幽霊は見えません」  そう答えると、先輩はハッとなって私の体から離れていきました。    私は嬉しくて仕方ありません。  今の反応。私は確信しました。  この人は幽霊が見える類の人間であると。  先輩から出ている煙は冷気ではなく、先輩自身による霊気であるに違いありません! 「な、何だよ。紛らわしいこと言うんじゃねえよ」  先輩は顔を赤くして言いました。  その時、僅かに私の指が先輩の手から離れていくのを感じました。  もしやと思い、私は勢いよく腕を引き寄せます。 「とりゃ!」 「うお!?」  成功です。遂に私はドライアイスから解放されました。 「あいたあ……」  でも痛いです。 「漸くかよ」  先輩は舌打ちをして、私を目いっぱい睨みつけます。 「そんなに睨まないでください。あ、先輩の悩み聞きましょうか! 人に言えない悩みがありますでしょ?」  でも、私はちっとも怖くありません。  むしろ大好きになりました。  幽霊が見える人なんて、今まで出会ったことありません。  私が霊能力の持ち主であることも、隠す必要ありません。 「先輩! 弟子にしてください! 幽霊が見たいんです!」  私はその場に土下座しました。 「はあ!?」  私の中学生活は薔薇色になりそうです。  
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加