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大切な日
家に着き部屋に入ると、コンビニ袋をそこら辺に放っぽった。
さっきの火球のことを誰かに話したくて、すこし気持ちが高揚しているのがわかる。
火球が見れたのはかなりタイミングが良かった、スマホを見ていたら見逃していたに違いない。
開いたままにしていた「天体観測」のチャットを使って火球のことを話そうと思い、ダウンを着たまま椅子に座る。
今度は、ダウンのせいで椅子の座り心地が悪いことなんてまったく気にならない。
✔《チャット》
「天体観測」のチャットに、また新着表示が出ている。
見ていない間に何人かが出入りしたのだろうか。
小さくしていたチャット画面を開くためカチカチッと軽快にダブルクリックをする。
《 No.1617;かきゅうをみた?、》
ナンバー1617、いつもの人だ。
焦って入力したのか変換されていない文字列から私と同じように高揚気味なことがうかがえる。
なんだか嬉しい。
私がチャットで言おうとしたのと同じように、このひともここで言おうと思ったのだ。
《 No.226;見た。凄かった!》
応えるように焦って入力しエンターキーを押してから、敬語を使い忘れていることに気がついた。
まぁ向こうも敬語を使って無いのだからいいだろうと言い訳がましく自分を納得させる。
暖房をつけて、ダウンを脱ぎベットの上にあったカーディガンを羽織る。放っぽったコンビニ袋から明日の朝食べようと買ったレーズンパンを取り出し、チャットに早く返信が来ないかと見つめながら口に入れた。
なんとなく自分の送ったチャットを読み返すと、「凄かった」なんてしょうもない言葉でしか高揚した気持ちを伝えられないことにガッカリしてしまう。
10年前と全く変わらない。
コンビニで買ったものを冷蔵庫にしまい、お湯を沸かす。コーンスープの粉にお湯を注いで、机まで運ぶ。
《 No.1617; 火球が好きなんですか?
この日も火球が見えますよね。》
向こうも敬語を使い忘れていたことに気づいたのか、さっきとは違う丁寧な言葉がかえってきて笑ってしまった。
ナンバー1617の言う「この日」とは、このルームで流している夜空の撮影日、2010年12月1日のことだろう。
「この日」の映像には火球が映る。
時刻が18:00を少しすぎた辺り画面の中央から下まで強い光が横切る。
「この日」の映像を流しているのは、たしかに火球が見えるからだ。でも火球が好きかと言われると、流れ星とか日食や月食に対する興味と同じくらいで、特別好きという訳では無い。
「この日」の映像を流しているのは、「この日」が私の大きな転機で、大切な日だからだ。それは火球が見えたこととがまわりまわって関わっていることはたしかだ。
なんと返信をしようか。
好きといってしまえば簡単だけれども、なんとなく親近感を感じていたこの人に適当な返信をする気になれないし、思い出話をしてもいいのかなと思っていた。
何度か文字を打ち込み、消すを繰り返す。
画面に映る2010年12月1日「この日」の空は日が沈み、もうすぐ火球が流れる18時になろうとしている。
《 No.1617; 急に質問してすみません。》
新着表示が出て、ナンバー1617からのチャットが表示される。私がチャットを見たことは既読表示からわかったのだろう、返信をしなくて変に気を使わせてしまった。
《 No.1617; この天文台の近くで火球をみていて、とても
印象的だったので、226さんも俺と同じように見ていた
のかと思って。》
そう、見ていた。
さらに親近感が増して、さっきまであんなに打ち込んでは消していた文字を、大学の論文で鍛えたブラインドタッチで勢いよく入力していく。
《 No.226;私も見ていました弘前でこの日火球》
勢いよくエンターキーを押してから後悔する。
やっぱりまた、落ち着かない文。
文というか、もはや単語に近い。
《 No.1617;弘前!同じです!》
《 No.1617;雨が昼過ぎまで降っていて、夕方に晴れてすご
く冷え込んでいましたよね。その頃小学生で、後先考え
ず水たまりで遊んで靴が濡れてたので、とにかく寒く
て覚えてます。》
「えっ、」
1人の部屋で声が出た、独り言は言わないタイプだと思っていたのに。
続けざまに届いた2つのチャットは、私のよく思い出すこの日の記憶と同じだった。
心臓が少しずつ早くなるのがわかる。
この人と多分年齢はそんなに離れてない。
2010年私も小学生だった。
そんなはずない。
頭のなかに浮かんだ都合のいい想像を消し去ろうと首を振って、忘れて冷めかけていたコーンスープを飲んだ。
甘い。
また何度か文字を打ち込んでは消す。
今度は慎重にきちんと考えて、読み返してからエンターキーを押した。
《 No.226;私は窓際にあるヒーターで靴を乾かしてまし
た。一緒にいた子の水色の靴が黒と見間違うくらいずぶ
濡れで乾かし方を教え手いました。》
もしも都合のいい想像があたっていたら、覚えていたら、
わかるかもしれない、大切な日の思い出をほんの少し滲ませる。
画面をじっと見つめていた。
心臓がうるさいくらい主張してくる。
《 No.1617;さつきちゃん?》
都合のいい想像が当たって、懐かしさに笑みが零れる。
18時8分 パソコンに写し出された夜空に火球が流れた。
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