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夏の一日は長い。町役場の時報を示す歓喜の歌が放送されたのをきっかけに、図書室でテスト勉強を終え、下駄箱から外に出たときはまだ、太陽が西の空に沈もうとしている途中だった。そして、今までにも見たことないほどに美しい夕焼け空が広がっていた。数えきれないほどたくさんの色のグラデーションがかかる空のキャンパスに、チカチカと瞬く一番星や、夕焼けを照り返しているウロコ雲がプカプカと浮かんでいる。スマホを取り出して撮影している生徒もちらほらと見受けられる。それほど、息を呑むほどに美しい。まるで、他の星に来たような心持がする。
僕は、優馬が校門の内側に立っているのを見つけてしまった。目が合うと彼はにっこりと微笑みかけた。もしかしたら、ずっと僕のことを見ていたのかもしれない。そんなことを考えると、僕の頬も夕焼けの色に染まりそうだった。優馬はポケットに手を入れ、軽やかな動作で自然に僕の方に近づいてきた。
「やあ。」
「あ、ああ。優馬も勉強してたの?」
「まあね、一緒に帰らないかい?」
「別に・・いいけど。」
僕たちは肩を並べて歩き出す。夕焼けが全ての景色を鮮やかなオレンジ色に染め上げている中を優馬と二人で歩いている。東の暗くなりかけた空には、チカチカと星が光っている。見慣れたいつもの民家も田んぼも神社のある裏山も、全く別の世界のように見える。この時がずっと続けばいいのに、と僕は考えてしまった。
「夕焼けは好きかい?」
「え?う、うん。好きだよ。昼間と同じ空とは思えないほどキレイで、少し、寂しくなる。」
「寂しいのが好きなんだね。」
優馬の手が僕の手に少しだけ当たった。あたりには誰もいない。少しだけ優馬の手をとってもバレないかもしれない。
「どうだろう・・・嫌いじゃないかもしれない。」
君がこうして一緒にいてくれるなら、という言葉は心の中にしまっておいた。もし僕が寂しくなかったら、同じように君は僕とこうして歩いてくれたのだろうか。明日も明後日もその次の日もこうして一緒にいられるのだろうか。
「優馬。君はいったいどこから来たの?今からどこへ行くの?」
僕は優馬の手を握った。華奢で白く、夕日に染め上げられている手を。僕の少しゴツゴツとした手の中で絹のようにやわらかく細い指がピクリと動くのを感じた。
「優馬、僕は・・・。」
「うん。」
優馬の手が僕の頬に触れる。その瞬間、僕は優馬の中に見たこともないほど白く輝く光を見た。信じられないほど清らかで居心地の良い光だった。僕は、そっと目を閉じた。
「君を連れて行こうとした。」
「え?」
そして、すっと彼の指が僕から離れてしまう。そして、僕を包んでいた光も幻のように消えてしまった。
「優馬、何で。」
「全く、君が初めてだよ。」
「僕は、僕はいいんだよ!一緒にいたい。君とどこまでも行くよ。僕を連れてってよ!!」
優馬がフッと微笑む。孤独と宿命を孕んだ微笑み。その顔を見ると、キュッと胸が締め付けられる。
「また、会えるといいね。イヲナ君。」
「待って・・・!」
優馬の制服がみるみるうちにはだけていく。僕は彼が翼を隠し持っていることに全く気付いていなかった。真珠のように輝くフワフワの羽毛を持っていることに。着替えているところを何度も見ているはずなのに。一緒にプールで泳いだこともあったのに。
「昼と夜の間、どちらにも属さない曖昧なこの時間に、世界の境界もまた揺らいでいる。この国の夕焼けは実に美しいね。ね、君。僕以外の誰にも獲られちゃダメだよ。」
「何を・・・何を言ってるんだよ!」
「フフフ、そろそろ帰るとするよ。さようなら、イヲナ君。」
「帰るってどこに!!待って、待ってよ!優馬!!」
たった一回、バサッと翼をはためかせただけ。ただそれだけで、優馬はこの世界からその存在を消してしまった。最初からいなかったように、完全に消え去ってしまった。僕はヘタヘタと座り込んだ。涙を流していることにも気づかないまま、静かに泣いた。
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