第8章、決戦

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ブランコに座っている光一君を見ました 私の見間違いではありません あれは確かに光一君でした 彼も私に気が付きました 私の方を見て目を細めて笑顔を返してきました 私は声をかけようとしましたが 何故か、その時は身体が動かず声も出ませんでした 漸く身体が自由に動けるようになった時には 既に光一君は其処にいませんでした 私があの時、母と一緒に来た場所は分かりません 後ほど、母に聞いてみたのですが 母はそういう場所に行った事は無いと云うのです 私は夢を見ていたのでしょうか そうであるならば、この残る皮膚感覚はなんなのでしょうか 私は確かに母とあの場所に来ました そして私は光一君と一緒に遊びました ですが私は今年でもう32歳です 結婚もしています 出会った光一君は子供の姿のままでした 彼も、もうこの世の者ではなかったかも知れません 彼ももう、彼ももう そして私もおそらく この世のものでは無くなったのでしょう なんとなく理解できるようになってきました 私はあの世に帰ってきたのです そう考えると疑問がストンを落ちました 私は光一君が座っていたブランコに座り 静かにこぎ始めました (かけっこ楽しかったよね) (私の方が速かったよね) でも、でも、ふと思い出しました そんな筈はありません あの頃には 既に私の両脚は無くなっていたのですから 雲ひとつない秋空 日毎にマフラーをした人達が目につくようになってきた 「寒くなってきた」 私の日課はいつものあの少女を見ることだった。 黒髪で黒縁メガネをかけた内気そうなその娘は いつものベンチに座り一人で文庫本を読んでいる。 今時珍しいセーラー服 だから興味がわいたのだ。 今日もいた 私は字が読めない そして話しかけることもできない ただ見てるだけ その少女の佇まいから郷愁の念を抱いたのだ。 こんな時代もあったのだと。 私も確か昔はこの世に生きていた 呼吸をし,足で大地を踏んで走っていた記憶。 今は意識だけがある 私のことを人間は地球と呼んでいる あの時もそうだった 私が記憶しているこの場所 今のように人工的な建物はなく 辺り一面は黄色花が生い茂り 強い風で穂先が一斉に揺れていた季節 潮風もあり近くに海があった 秋頃かと思う あの時も内気そうな少女が膝を抱えてひとり泣いていた。 私はその写し取られた一場面を記憶しているに過ぎない セーラー服の黒縁メガネをかけた少女 寂しそうに本を読んでるね いつも、この時間ひとりで過ごしてるね あの子の隣に綾子と優希がいるね 綾子も優希も幸せそうな顔してるね あの子を見守っているんだね もう悲しまないでと聴こえてくるよ 今度は優希があの子の守護霊の一員になったんだね 私は地球 人間は私のことを神様と呼ぶ 太陽の照り返しが強い初夏の7月 公園では幼児を連れた若いお母さん達が ベンチで談笑している 砂場遊びをしていた幼児が突然指さして声を上げた 「ねぇね、さびしそう」 そこには不自然な動きで 勝手に揺れているブランコがあった                                (完)
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