第1章、絶望

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第1章、絶望

今日も新型コロナウイルス患者が運ばれて来た 「相原さん、何を突っ立てるのですか! 早くこっちにきて手伝って下さい!」 看護主任に煽られる 私は看護師じゃないのに、 どうすればいいのか分からない それでも緊急を要する事なので 私は言われるがまま動いた ストレッチャーに乗せられて 搬送されて来た患者 私も看護師に指示されながら ストレッチャーを押して病室に運ぶ (まるで戦時中の野戦病院みたい) 新型コロナウイルス これは変異を繰り返し 今では呼吸困難となり 痙攣して亡くなる疾患 いくらワクチンを開発しても このウイルスは変異を繰り返し 抑えこむ事ができない 私が勤める病院はベッド数100床 この規模の病院も対応しなければならない政策を打ち出した日本政府 主任のピッチがひっきりなしに鳴っている、主任は私に指示を出す 「相原さん、あなた一人でこの患者さんを305号室まで運んでちょうだい!」 201号室の患者さんのサーチが下がり出した 主任はそちらに向かう事になったのだ 新型コロナ罹患者は急激に血中酸素濃度が低下する、90%切ればあっという間に下がっていき、直ぐに呼吸困難に陥り死亡する 医者も看護師も私のような看護とは関係ない職種の者も総動員で動いている そして夕方、201号室の患者さんが亡くなった、喉をかきむしるように苦悶の表情で苦しみながら亡くなったらしい それを聞いて私は涙が止まらなくなり 床にへたりこみ、そのまま動けなくなった これで何人目だろう (もう嫌、私が壊れる!) 帰りの駅構内で目にした電光看板を思い出す 「新型コロナウイルスと戦う医療従事者様、ありがとうございます」と書いていた 吐きそう その日はなんとか自分のマンションまで 帰ってきた 部屋に入りコートを脱いだだけで 身体から力が抜けた 服のままベッドにうつ伏せになり 動けなくなった スマホから着信履歴があったらしい 今は見る気にもならない (もう無理、明日から行きたくない、 もう私は無理) 眠りから起こされたのは切ないイントロが聴こえてきたから (いったいこのままいつまでも一人でいる気かしら…) 着信音が鳴る あいみょんの「裸の心」 自分でも なんでこの曲を選んだのかと思う このチョイス時点で私の心は壊れていた 「もしもし優希、やっと繋がったよ」 彼氏の裕也からだ 「お仕事お疲れ様、大丈夫かい」 私はすぐに反応した 「裕也、あのさ、明日会えない? 会いたいよ」 私は間髪入れず裕也に言った そして私はしゃべりながら涙が止まらなくなっていった 電話先の裕也はおろおろするばかり ごめんなさい、心配かけて (私を助けて、この苦しみから助けて) 電話を切った後、私は放心状態になった 覚悟は決まった 明日は仕事休む ずる休みでもなんでもいい、休んでやる 明日は日曜日、裕也は確実に休みの筈 明日、渋谷で会う約束をした 漸く、私の体が動くようになってきた 「仕事を辞める」 この覚悟は前からあった だが私は社会的モラルから抜け出せなかった。 だけども、もう私は結婚して専業主婦になる。 もう、これでこの苦しみから解放される 決して私は逃げるわけじゃない 私は看護師じゃない 本来の私の職種は 病棟所属NST認定専門管理栄養士 なのになんで感染リスクが高い 過酷労働の看護業務をしてるの! 全くの素人なのに看護師に指示されて 清掃、搬送と訳が分からないまま 動いてるだけ、もう限界 その日はお風呂に入れるだけの気力は 残っていた だけども何も食べれなかった そのまま、また泥の様に寝てしまった。 日曜日の渋谷、こんな日が来るなんて 本当にこの世が変わってしまったと実感できる 以前は人で埋め尽くされていた 渋谷スクランブル交差点 今では車も走っていない 人もまばら 渋谷名物の大型電光掲示板には何も映っていない 街が死んでいる この一年で多くの人が亡くなった 最初は高齢者と基礎疾患患者が罹患しやすいと言っていた 今でも老若男女、健康不健康関係なく 罹患したら終わりの死のウイルス 変異した狂暴型コロナウイルスの猛威 人類は滅亡する もう止められない (いっその事、皆一緒に死ねたら楽なのに) だけど人は生きようとする 罹患した者は病院に搬送されてくる 医者も看護師も他のコメディカルスタッフも必死で仕事する 私は目的地に向かってとぼとぼ歩いていた。そこには裕也が立っていた 私達は完全隔離されたスタバに入った そこでお互いの近情を報告した 「あのさ、裕也、この前の返事だけどOKよ」 「え?」 「プロポーズしてくれたでしょ」 「ほんと?嬉しいよ」 「私ね、今の仕事辞めたいの、私を裕也の専業主婦にしてくれる、それが条件よ」我ながらとても嫌な女だと思う。
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