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何だアイツ! 何がどうした?!
日曜だというのに塾の模擬試験があるというのは調べ済み。
帰りはきっとここを通りかかるだろうと3時間前からスタンバっていた私。
遠目にアイツの姿が見えた瞬間、自分の目を疑った。
デコボコパンパンするぐらいのエコバッグを手に歩いてきたのだから。
全部アレなの? アレ貰っちゃってますよね?
公園で待ち伏せしていた私は、己の小さな手作りのアレをコートのポケット奥底に押し込んで涼しい顔を作る。
そんなにたくさん貰ってんの知ってたら、とっくに逃げ帰ってた!
目が合う前に消えてしまいたかったというのに、私に気づいた幼馴染は真っすぐにこちらに向かってきた。
「何してんの?」
公園で一人佇む変な女子高生の図はやはりどこかおかしいから声をかけられた模様。
「雪! 雪が降りそうじゃないか?」
返答に困り咄嗟に指さした2月の空。
残念ながら広がっていたのは冬とは思えぬ澄み切った青い空と白い雲。ポカンと見上げた後、呆れたような顔で私に目を落とす。
「天気良いよね?」
「……、そんな気もしなくはないな、うん。あ! そうだ、忘れていた! 夕方から美少女戦士セーラーカラーの再放送があるの知ってるか? とっとと帰ろう、帰らねばならん! じゃあな、裕翔!」
一気に言い放ち、シュタッと手を挙げてスマートに背を向け歩き出した途端。
「茜」
「何だ?!」
「今年はないの?」
焦った瞬間に足がもつれた。
顔だけ裕翔を振り返って前を見ずに歩いてたから自分のせいではあるのだ。
だがしかし今その質問をしなくてもいいだろうよ、空気を読めよ、裕翔。
ビタンという言葉がピッタリでしかない、子供のような転び方をよりによって裕翔の目の前でするとは……。
っく、無様すぎる!
「あーあー、そこ二日前に犬のフン落ちてたよ、ホラ」
つかまれと差し伸べられた、いつの間にか大きくなったその手をじっと見つめて。
「平気だ! 自分で立てる!」
どこまでもスマートでいてやろうとものすごい勢いで立ち上がると。
「ねえ、なんか落ちたよ」
裕翔の手にはピンク色のラッピングペーパーに包まったなんか。
私のポケットの奥底から転げ落ちたなんか。
誰がどう見ても本日のメインイベントのアレにしか見えないだろうなんか。
「う、……うまそうだろ?」
「知らんけど、うまいんじゃないの? チョコでしょ?」
「うまいから自分で食べようと思って持ち歩いていたんだ、返せ」
「俺のじゃないの?」
「誓って言う、私のだ。私以外私じゃないのぐらい、私のだ」
面白くもない私のジョークに眉をひそめた裕翔は、一向にそれを返してはくれない。
そればかりか眉間に皺を寄せた不満げな顔は、まさか?
「……ソレが、欲しいのか?!」
「そりゃあね」
「そんなに貰っておいてか?!」
「茜からは今年は貰ってないもん」
ふうっと大きなため息をついた裕翔はデコボコパンパンなエコバッグを私に差し出してくる。
「っ、なんだ?!」
「交換しよ、これ全部あげるから。茜のチョコは俺にちょうだい?」
「意味がわからん! 私のなんてこんなに小さいんだぞ! 裕翔が貰ったのはその百倍ぐらいあるんだぞ、勿体ない」
「全然勿体なくなんかないよ、茜のがいいし。あ、もしかして今年は俺じゃない誰かにあげるつもりだったり?」
私が他の誰にあげるというのか、何故わからない?
バカなのか? 裕翔はやっぱりバカなのか?!
「ふざけるな、からかうな! 私だって裕翔に渡したかったから待ってたんじゃないか! 大体な、去年まで一個だっただろ、私からだけだったじゃないか! 嫌な予感はしていたんだ、裕翔がコンタクトなんかにするから! モテモテじゃないか、そうなるってわかってたんだからずっと眼鏡でいいのに! 何モテてんだ、モテたかったのか?」
一気に捲し立てて、肩で息をした。
それからやっと自爆したことに気づいた。
今、私はとんでもないことを喚き散らしたぞ。
呆然と私を見下ろす裕翔の視線が痛い、見るな、見ないでくれ。
「美少女戦士セーラーカラーの再放送が始まりそうだ、帰る!」
今度こそ逃げる気マンマンな私。
踵を返そうとした瞬間に裕翔に首根っこを掴まれた。
「そうだよ、モテたかったよ、茜に。校内一可愛いとか言われてる幼馴染にどうしたら追いつくのかなって。義理チョコじゃなくって、いつか茜からの本命チョコが欲しくてさ、努力したんだよ、俺だって! でも茜が嫌だって言うなら明日から眼鏡に戻す、戻すから! 義理でもいいからこのチョコは俺に頂戴!」
なんだ、それ。なんなんだ、それ。
裕翔よ、なんかオマエ可愛いぞ!
「それは裕翔のだ、」
「え?」
「裕翔に渡したチョコは全部義理じゃないぞ、今までのも全部。鈍感すぎるだろ!」
裕翔の手を振り払い、にやけた顔を隠すように背を向け歩き出すと。
「美少女戦士セーラーカラーの再放送は平日17時からだよ? 鈍感って、どっちがさ」
そんな笑い声と追いかけて来る足音に恥ずかしくなって本気でダッシュした。
【ハッピーバレンタイン2021】
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