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孝彦が納骨堂に勤めることにした一番の理由は、笑わなくてもいいから、であった。
子供の頃から笑顔で人に接するのが苦手だった。いじめられっ子だったから笑えなくなったのか、笑えなかったからいじめられっ子になったのかはわからないが、物心がついた時には愛想のない子だった。おかげか、どこに行っても人間関係につまずいてきた。
仕事も一つの職場で長続きしたことがない。これも原因はさだかではない。
発達障害を疑って自主的に検査を受けたこともあったが、幸か不幸か、それらしい特性は出なかった。それはそれで医師がそういう気質であるとみなして治療するかという話も出たのに、通院のための金が惜しくなってやめてしまった。
三年前までは派遣で工場に勤務していた。だが外国人技能実習生が酷使されているのを見て怖くて辞めてしまった。
ハローワークの職員は孝彦を脅した。
当時、孝彦はもうすぐ三十五歳になろうとしていたところであった。
この調子ではもう勤められるところは選べない。前の工場よりも苛酷な勤務体制のところか、はたまた孝彦には難易度の高いサービス業か。
とりあえず定職にありつくまでのつなぎとしてアルバイトの仕事を探そうと思った。
コンビニで手に取ったフリーマガジンを開いて一発目、この仕事の情報が目に留まった。
私設納骨堂の管理人――正社員、月収最低二十四万円から、社会保険完備――誠実でまごころをもってご遺族と接することができる方、だそうだ。笑顔が絶えないアットホームな職場です、の文言はない。
いざ面接に行くと、面接官の先輩社員は定年間近の男性で、陰気でぼそぼそと喋るところに共感を覚えた。この人にできるのなら自分にも、という自信が湧いてきてしまった。
内定の連絡が来たのは二日後だ。孝彦は心から喜んだ。
主な業務はこうだ。
まず、決まった時間に来て開けて、掃除をする。
参拝客の求めに応じて収蔵庫を動かして共用仏壇の前まで個人壇に納められた骨壺を出し、終わったら戻す。
そして、決まった時間に閉めて出る。
制服は礼服に似た黒いスラックスにワイシャツ、笑顔と元気な声はむしろあってはいけない、法要の手順を覚えれば後は参拝客に頭を下げるだけ、一番大変な葬儀は全部葬儀社がやってくれる。
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