【 Burn Out! 】

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 彼の妻は、朗らかな笑顔が似合う優しい女だった。  仕事に没頭するあまり痩せ細っていく主人の身を案じて、彼女はいつも食事の心配ばかりをしていた。 それは自分のできることを活かした、主人を、ひいては主人の研究で幸福になるであろう人々への精一杯の応援だった。  滋養のあるスープ、焼きたてのパン。 そう、彼女の脳細胞は食事を頬張(ほおば)る主人に、至福の表情を与えることだけを考えていたのだ。  そして‥‥‥。 嵐の夜に彼女は死んだ。 彼のその無表情の瞳にも一縷(いちる)の光が宿っていた半年前の出来事だった。  (かね)てからの大雨で実験室のヒューズが飛び散り、自家発電へと移行するそのとき、いつものように夕餉(ゆうげ)を運んできた妻の、真横に並んでいた高出力培養炉が(まばゆ)い火花を撒き散らし、彼女を直撃した。   それは一瞬のできごとだった。   目の前の妻の身体が赤燈色に輝き、心臓の位置する場所が核融合炉の渦潮(うずしお)のように真っ白になってうねりだす。 紅蓮色(ぐれんいろ)となったその身の顔の部分に映り込む、影のようになった瞳と口元が、なにか言おうと動いているが、それは慈愛の表情と愛の言葉を発してようにしか見えなかった。    目も(くら)むような美しさに呆けていると、あらかたの放電を終えて、時は元通りの妻の姿に戻していた。 駆け込みながら倒れているその顔を覗き込むと、生前のままの微笑を湛えて、何も無かったかのように唇が言葉を投げかけようと潤んでいる。 しかし、泣きそうな声で彼女の身体を揺すってみても、その瞳の光彩(こうさい)に彼を写し出すことはなかった。
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