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1.蛇の足【陳軫と昭陽】
「そんでこれどうするよ」
「つってもこんな半端な量じゃぁなぁ」
夜も更けたころ、6人の男たちが角を突き合わせていた。
ここは楚の大きな商家の邸宅で、男たちはその下働きだった。
全員住み込みである。そしてここはその住み込み部屋の共有の土間。目の前の小さな机の上には徳利がのっていた。およそ3合ほどであろうか。中から上等な澄んだ酒の香りが甘く漂ってきている。上等な酒は実に得難い。飲む機会などめったに無い。この酒は今日行われた祖霊の祭りの振る舞い酒である。
男たちは土間でこっそりどぶろくを作っている。素人のつくるもので、雑味が多いが、酔うには申し分ない。しかし目の前の酒はそれとは全く次元の異なるものだった。
全員の喉がゴクリと鳴る。
「1人半合かね」
「そんなちびっとじゃぁかえって飲んだ気になんねぇ、匂いだけのほうがまだましだわ」
「まぁ、一口だよな」
この時代の酒は薄い。半合では酔いの口にもあたらない。その後どぶろくを飲めば味なんてすっかり忘れてしまうだろう。
「どうすべぇ?」
「賭けをして勝ったやつが1人で全部飲むんじゃどうだ」
「ううん、3合飲めればまあな。でも賭けってどうすんだよ」
「そうだなぁ。じゃあ絵を書いてさ、一番はやく書けた奴が飲むってのはどうよ」
「絵っつってもなぁ、おら絵は描けねえべ」
「蛇ならどうだ。にょろにょろってな具合にかけるだろ?」
「まあ、蛇ならかけるかな」
「そうだな」
トントン拍子で蛇を書くことに決まり、全員が土間に座り込んで棒切れを持つ。ほくそ笑むのは絵を描くと言い出した男。この男は昔絵かきに弟子入りしたことがあった。蛇を描くなぞ朝飯前だ。
「ようい、はじめ」
一斉に地面に線を書き始めるが、やはり言い出しっぺは圧倒的に早かった。皆が蛇の背皮を描く間にすっかりかきあげて徳利を奪い取る。ぽかんと居並ぶ4つの顔。
「はっは俺の勝ちだ」
「ずりぃ。お前自分が勝つとわかってただろ」
「騙されるのが悪いのよ」
「あーあ、仕方ねぇなぁ」
「俺はまだ余裕があるぞ、こうだ」
男は調子にのって徳利を机に戻し。棒きれで蛇に足を描いた。
その瞬間に蛇を描き終わった男が徳利を奪う。その男は他の4人が棒を放り投げてもまだ自分の蛇を描き続けていたのだ。
「まて、それは俺の酒だ」
「ははっ馬鹿だな、足なんかかいちゃってよ。そりゃぁもう蛇じゃねえよ」
「プッ。違ぇねえ。残念だったな」
「畜生! せめて半分だけ……」
「やんねーよ!」
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