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◇◇◇
という話がございます、と陳軫は口を閉じた
今は宴の最中だ。俺が魏軍を蹴散らして城を8つ落とした宴だ。これから斉へ出兵する宴も兼ねている。この陳軫を使者として送り込んだ国だ。
俺はこの軍の総大将で、楚の令尹、いわゆる宰相も兼ねている。
先代の威王の時は楚は戦国七雄と名高かったが懐王の代になってからはぱっとしなくなった。正直なところ、斉との戦なんてとっとと終わらせて国に戻りたい。
そもそもこの魏攻めは秦との同盟に端を発するが、秦が拡大してやがるのも確かだ。張儀の糞野郎がなにか暗躍してるようだしな。
だから俺は和睦の話だと喜んで迎え入れたのに、陳軫は大仰に戦勝を祝い、ひれ伏した。俺はやむなく宴に招き、酒を供した。その酒を眺めながら、そういえば、と陳軫がにこやかに話したのが今の蛇の絵の話だ。
何を考えているのかよくわからなくて少し気味が悪い。
「昭陽将軍、楚の国では戦に勝てばどのような報奨をいただけるものでしょう」
「そうですな、上柱国、まぁ軍の上層部に任命されるでしょうな」
「ほう、さすがですな。ですが将軍はすでに令尹であられる。令尹以上の地位はございますかな」
「ありませんな」
ないからとっとと本題に移れよ。
「将軍、将軍はすでに最高位であらせられる。これ以上の官職は得られないでしょう」
「そうですな」
「そこです。将軍が斉をお攻めになれば、斉は死にものぐるいで戦わざるを得ません。そうなると、申し上げづらいのですが将軍が敗れることもありましょう。戦ですから討ち死にの危険もありましょう。負ければ敗軍の誹りを免れず、御身の地位も危うくなりましょう。折角の魏攻めの功労がなくなってしまいます」
「まぁ、そうかもしれませんな」
だからなんだ。斉を攻めるなってことかよ。負け戦を恐れてちゃ将軍なんざ始まんねぇぜ。
「けれども将軍はほとんど兵の損耗なく魏を打ち破られた。これは大変なことです。大変な功労です。兵を失って仕舞えば次の戦も難しくなる。ここで斉に足を伸ばしても得るものはない。上手くいっても先程の蛇の足のような結末になるのではありますまいか。危険が増えるばかりです。それならここで鉾をおさめられ、楚に戻られてはいかがでしょうか。それに、斉に恩を売ることもできますよ」
ふん、確かにな。まあ、一理はある。
今は実際微妙な戦況だ。秦の動きも気になる。
ふうむ。改めて陳軫の顔を睨みつける。陳軫は飄々と笑みを浮かべるのみであった。
そうだなぁ、戦国だしなぁ。兵の損耗は避けたいしなぁ。令尹は考えること多すぎて困っちゃうぜ。
結局楚は国境が東西に長い。斉と秦は東と西の真反対にある。万一両面戦になるとちと辛い。友好な関係を結んだ方が得なのかな。それであれば。
陳軫は本当は秦の臣だ。たまたま斉に外交に赴いた折に斉王から依頼されて昭陽を説得に来た。そんなことは昭陽も知っている。
こいつらは口先だけで生きている縦横家だ。斉とうまい関係が築けるというならそれも一つか。なんだか癪に触るが。
……よし、引き上げるか。
陳軫は上等な酒を持ち、ほくそ笑んで辞した。
その後、楚の懐王が総大将となって縦横家の蘇秦の口車にのって秦を攻めた合従策、第一次函谷関の戦いは、結局縦横家の口車に乗った斉が合従軍を背後から襲って敗戦となった。
それからしばらく後に秦が斉も楚も滅ぼし中華を統一した。
-主な出典:戦国策,斉策 編:劉向
-後書き
この頃はまだ誰も中華を統一できるとは思ってはいなかった。
果たしてこの蛇の足は描かないほうがよかったのかな。闇の中。
多分楚的にはこのエピ以前に昭陽が張儀をボコって追い出したのがよくなかったんだと思う。張儀の執念はちょっと怖い。
縦横家の信用のなさも結局合従連衡うまくいかなかい1要因じゃないかなとちょっと思ってる。
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