第三章

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 テストの結果は言うまでもなく、散々な結果に終わった。僕の中の中くらいの成績は下の上くらいまで落ち込んだ。そんなものは僕にそれほどのダメージを残さなかったが、再びこの街で殺人事件が起きたという話にはかなりのダメージを受けた。もちろん、この事件と彼女が関係しているとは限らないのだけど、ほんのりと彼女の匂いのようなものを感じ取ってしまうのだ。    それに、今回は前回よりもアンドロイドなのではないかという噂の色合いが強まっていた。SNS上にアップされる夥しい数の写真のなかに、首のない女性の写真があった。そこは、殺人事件の現場近くだった。違う、違うとかぶりを振りたい想いが強くなるほど、彼女に近づいてしまう。そんな不毛な日々が続いた。  徐々に迫りくる焦燥感なんて関係ない教室には、弛緩した空気が流れている。気がつけば、夏休みがもうすぐそこまで迫っていた。浮かれたクラスメイトの表情には、もう心愛の影すらない。こうやって簡単に忘れられていくのかもしれないと僕は悟った。彼女はもうこの日常にいない人間なんだ。    そんな現実が目の前にあるのなら、今後起きうる最悪も予想できていたはずだ。それなのに、僕はあらゆる可能性から目を背け、波風立たない日常に戻ろうとしていた。    もう手遅れかもしれないという想いは離れない。  だけど、僕のなかでこのことは整理していかなければならない。  彼女が消えていくという現実を。    事件が起きたのは夏休みまであと一週間とした火曜日の六時間目のことだった。いつもなら、首をこくりこくりとさせている時間だったのだが、その日はそうならなかった。    僕らの数学担当は、クラス担任の榎田先生だった。その榎田先生が、期末テストも終わり、夏休みまであと少しだから席替えでもしようかと提案してきた。それは、もちろんクラス中が歓喜にわき、我こそはいい席を掴み取るとみなが躍起になっていた。    席替えはくじ引きですることに決まり、榎田先生が授業のように丁寧に三十二人分の席を黒板に書いていく。僕らは今か、今かとその黒板に書かれていく文字を眺めていた。榎田先生が手についたチョークの粉を払ってから、こちらを向いて席替えをしようと言った。    僕はその黒板に吸い込まれそうな気分だった。何度数えても、そこにある席の数は一つ足りなかった。いや、これは先生が間違っただけだ。まさか人の記憶がなくなるなんて起きるはずがない。その想いに反して、僕の手はひどく汗ばんでいた。    幹人が手をあげる。 「どうしたの?」  榎田先生は幹人を不思議そうに見ていた。  幹人が榎田先生の後ろにある黒板を指さしてから言った。 「先生、一つ席足りなくないすか」  榎田先生は後ろ振り返り、腕を組んだ。左の上の方からじっくりと見ていき、左下、右上、そして最後に右下を見てから、首を傾げた。 「問題ないと思うけれど」  椅子ががたんと音を鳴らす。僕はその音の方に視線を送った。そこには、手で口を覆った白坂さんがいた。白坂さんが音を鳴らさなかったら、おそらく僕が鳴らしていたと思う。それほどの衝撃だった。    僕の他にもこの事態がおかしいと気がつき始めている人は何人かいる。でも、それ以上に僕はこの白が黒にひっくり返るほどのおかしさに気がついていない人もいることにひどく驚いた。その人たちは、先生と同様に首を傾げていた。 「なに、みんな大丈夫?」  さっきまであった騒々しさは消え去り、授業が行われている以上に静まり返っていた。 「先生」  その声ははらっちだった。
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