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どうにも僕は人に流されてしまうところがあるらしい。
病室は四人部屋らしかった。窓から流れる風が淡い黄色のカーテンを揺らす。仕切られているとはいえ、ここには篠田さんしかいなかった。人がいないベッドたちは行き場を失い、ぽつりと佇んでいる。その姿はどことなく寂しさを漂わせる。
そんな場所で、篠田さんは目を輝かせていた。
紙袋から追い出された色紙とお菓子たちは、乱雑に、可動式テーブルの上に散布している。
篠田さんは無秩序に手を伸ばし、いちいち騒いでいた。
僕はベッドの横に置かれた丸椅子に腰かける。
ここは現実感のないところだと思った。あらゆる細菌から守るために消毒液の匂いは常につきまとい、清潔感という言葉を押しつけるような白い世界がどこまでも広がっている。
この空間に留まり続けたら、おかしくなってしまいそうだ。
ベッドの横にある棚に目をやる。
乱雑に本が置かれ、今にも落ちそうな位置にペンが転がっていた。さっきの様子からも、篠田さんはそれほど繊細な人間ではなさそうだ。
頬を緩ませてお菓子を堪能している横顔を見て、なぜこんな人がここにいるのだろうかと疑問に思った。今日の学校の風景に溶け込んでいても、なんら違和感はなかっただろう。
手元のお菓子に視線を向けていた篠田さんと目が合う。
「食べる?」
差し出されたのはクッキーだった。クリーム色の中央に渦を巻いた黒色がしみ込んでおり、美味しそうな香りがした。
口に含むと、みるみる溶けていき、ほんのりとした甘さが口に残った。
「おいしいね、これ」
「えっこれはきみが買ってきたんじゃないの?」
僕は首を横に振る。
これを買ったのは僕ではなく、白坂さんだった。
「じゃあ……早苗か、これ買ってくれたの」
大事そうにクッキーを口に運ぶ篠田さんは儚げだった。
この場所はいつも悲しみを運んでくる。僕はあまりここに長居したくなかった。母親もこうやって元気だったのに、いつの間にか花が枯れてしまうように、みるみる生気を失っていった。
僕は壁にかけられている時計を見る。
「きみは何でわたしが入院したのか聞かないの?」
それはまるで聞いてほしいような口ぶりだった。だけど、僕はそこに踏み入る勇気はないし、これからも同じクラスの子くらいの関係でいたい。
「それは僕の役割じゃない気がして」
そう言うと、篠田さんは白くて細い首を傾げた。
「なんか、きみは変に真面目だね。まあ、大した病気じゃないし、きみもそう思って聞かなかったんだよね」
篠田さんは優しげな瞳で窓のむこう側を見つめた。
「先生には大丈夫だって伝えといて」
僕は頷いた。
あとね、と篠田さんは微笑み、鼻の前で一本指を立てる。
「早苗とは仲良くしておきなよ。あの子はさ、ああ見えて繊細だし、誰よりも相手のこと想う優しい子だからね。仲良くなって損はないと思うよ」
白坂さんのどこに繊細という言葉があるのだろうかと考えていると、ベッドの横にあった篠田さんのスマホが鳴った。
篠田さんは目を丸くして、急いでそれを取り、ベッドの横に置かれたスリッパに履き替え、慌ただしく病室を出ていった。
篠田さんの空気がなくなった病室は幾分か軽かった。僕もそろそろおいとましようと立ち上がると、ベッドの横にある棚から本とペンが床に転がり落ちる。そのままにして帰るのもあれだから、直そうと落ちたものを拾う。
転がった本とペンの中に、手のひらにおさまるほどの小さなメモ帳があった。それを手に取り、裏返ったメモ帳の表側を見ると、闘病日記と書かれてあった。僕の心臓は耳の後ろで勢いよく鼓動を打つ。
字は丸みを帯びていて、これは篠田さんが書いたものだと感じた。あれほど元気だったのだから、何かの冗談だろう。せっかく遠くまでお見舞いにきたのだから、少しくらいお土産話を持って帰っても怒られやしないだろう。
僕はメモ帳を捲った。
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