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まるで桜のような恋だった。
きみと一緒にいた時間は、人生のほんの一瞬で、桜の花びらのように儚く散っていった。
それでも、すぐに飽きてしまうような毎日に、突然として光がさしたのには違いなかった。
僕はちゃんと幸せを噛みしめていた。
でも、きみは果たして幸せだったのだろうか。
後ろ髪を引かれる想いは離れず、いない事実を咀嚼できず、でも着実にきみの感触が失われつつある今、僕はおじさんの元へと行かなければならなかった。
――やっと、整理がついたか。
白髪交じりのおじさんはしみじみ言った。
僕は整理なんてついていなかったけど、頷くほかならなかった。
おじさんの背中を追って着いたところは、あまりにも無機質なところだった。機械が周囲を埋め尽くし、部屋の中心部に寂しく椅子が置かれてある。
おじさんにそこに座るように言われ、僕は腰を下ろした。
ひんやりとした感触が臀部から伝わり、座り心地は最悪だった。
僕の頭部には脳波計のようなものが取りつけられる。
――データインストール完了。
機械的な女性の声が耳元で聞こえた。
その声は僕に寂しさをもたらす。
僕は握りこぶしをつくる。
これで本当のお別れだ。
僕は静かに目を瞑る。
眠るように意識は遠のいていった。
微かに声が聞こえる。
僕はその声に耳を澄ませる。
優しげで、溌溂としていて、それでいてどこか悲しさが詰められているようなそんな声だ。
僕はそっと目を開ける。
あまりの眩しさに思わず手を翳す。
指の隙間から、僕の知っている姿が見えた。
胸のあたりが熱くなり、何度もその名前を呼ぶが、振り返る素振りはない。僕はその姿を何度も見ていた。その背中をずっと追いかけていた。届きそうで届かないその姿に、僕は手を伸ばした。
――記憶データ追跡完了。
走馬燈のようにあらゆるデータが僕の目の前を過ぎ去っていく。
データを再生しますか、という項目が目の前に現れ、はいという選択肢をタップする。
僕はゆっくりと眼を閉じ、感覚を記憶データに委ねる。
あたりに眩い光がたちこめ、僕の体は吸い込まれていった。
僕は今から行くよ。
きみの見ていた世界に。
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