87人が本棚に入れています
本棚に追加
西日はすぐさま雲の切れ間から顔を覗かし、少女を再び照らした。その西日を掴み取ろうと少女の左手はゆっくりと伸びていく。指の隙間から溢れる光は木漏れ日のようだった。
僕は再び、カメラを持ち上げて少女に向ける。少女はこちらに一切気がついていないようだ。
ファインダーから少女の姿をとらえる。
少女は頭部を持ち上げて、元あるべき場所へと戻していき、カチッという音を響かせる。
頭部のついた少女は凛とした佇まいで、背筋は天井に吊るされているようにぴんと伸びている。少女は取りつけたばかりの頭部を順々に触れていき、最後に長い黒髪の毛先を手で払った。ふわりと髪が浮いた。陰から飛び出した一本一本の繊維が光を帯びながら交差していき、肩甲骨のあたりで一つの塊となっておさまる。
少女は左右に首を動かす。その一瞬に見えた横顔に僕は心臓が高鳴った。今まで止まっていた何かが急に動き始めた。そんな感覚だった。僕はその少女の横顔に見覚えがあった。けれども、それがどこの記憶だったのかまでは思い出せない。そもそも、うちの高校の制服を着ているのだから、学校のどこかで会っている可能性だってある。でも、もっと深くて根深いところで繋がっているような気がした。
少女の横顔は夕日によって赤く染まる。僕はそこから目が離せなかった。周りに響いていた様々な音はどこかへ消えさり、僕の鼓動だけが耳の後ろで鳴り響いている。
少女の瞳から一筋の涙が滴り落ちる。
「ロイド、何しているんだよ」
揶揄するようなその声はすぐ後ろから飛んできた。僕は動揺して、ドアにぶつかり激しい音を立てる。少女ばかりに気を取られていて、廊下への意識が薄れていた。
僕は体中の憂鬱を引き連れて振り返った。そこには、肌を黒く焼いた坊主頭の幹人(ミキト)が立っていた。僕は彼の鋭い目から逃げるように俯き、その代わりに首から提げたカメラを持ち上げた。
「見ての通り写真部の活動をしていたところさ。今日はどこで撮ろうかと考えていたら、いつの間にかこんなところに来ていてね」
幹人はふんと鼻を鳴らす。
最近の幹人はずっとこんな調子だった。どこか不貞腐れているようで、不機嫌さをいつも漂わせている。へたに機嫌を取りに行っても逆効果だから、事が去るのを待つしかない。
触らぬ神に祟りなしだ。
「その割には、びくびくしているようだけど、ここに何かあんのか」
幹人は空き教室を覗こうとドアの方へと歩みだす。
まずいと思い、「それより」と僕はどうにか声を絞りだす。
「幹人こそ、何でこんなところに来たの?」
幹人は動きを止めて、高圧的に「はぁ?」という声を出す。
見下されているように感じるのは、幹人の身長が高いからだろうか。
「別に嫌なら答えなくてもいいよ」
「当たり前だろ、ロイドに言うようなことじゃねーよ。それよりも、さっきからお前なんか隠してないか」
最初のコメントを投稿しよう!